第92話 ちょっとした内通者

 複数のルートに分かれて進軍した。

 途中、袁紹軍の小さな砦があったので攻撃するとあっさり落ちた。


「食料や武器の備蓄はあったか?」

「ごく少量です。火をつけて逃げていきました」

「元から捨てる予定の砦だったか」


 呂布の本隊も黄河を渡った、と報告が入ってきた。

 南からは孫策軍が向かってきており、冀州の手前で合流する手筈てはずとなっている。


「ここに陣を張り味方を待とう。斥候は常に出し続けてくれ。馬の世話を怠るなよ」


 飛電の世話は自分でするようにしている。

 日々のルーティンに近かった。

 馬に触れると心が安らぐ。


「帰ったら残雪に会おうな。赤ちゃんが産まれている」


 飛電が尻尾を揺らしまくる。


 千里隊の報告も入ってきた。

 袁紹陣営は主戦派と講和派で分かれているらしい。


『袁家は名門なので皇帝に刃向かうべきではない』というのが講和派の意見だった。

 全体としては少数派である。


 主戦派にも何種類かあって『一度だけ勝利して講和すべき』という意見もあった。

 その場合、黄河より北を袁紹王国にする予定らしい。


 もっとも急進的なのは『袁紹が皇帝になるべき』という意見だった。

 これには田豊でんほう沮授そじゅといった文官が反対している。


 袁紹としては『劉姓の誰かを皇帝に立てる』というアイディアを捨てきれない様子だった。

 白羽の矢が立ったのは客将かくしょうの劉備である。


 しかし本人は固辞した。

 袁術のように滅びます、と。


 旧友の曹操も『劉備では血が遠すぎる。くつむしろを売っていた家だぞ。天下の笑い者になりたいのか』と強く反対していた。


 袁紹陣営も一枚岩じゃない。

 その点、劉協はリーダーとして勝っている。


「袁紹は誰を重用しているだろうか?」

「特定の一人に権限を集中させることはありません。臣下同士を競わせている印象です」

「聞く耳は持っているのか」


 袁紹は昔から八方美人だったらしい。


 呂青は金子の入った袋を取り出した。

 手紙と一緒に千里隊の兵士に持たせる。


「これを許攸きょゆう殿に届けてくれ」

「承知です」


 許攸はちょっとした内通者である。

 袁紹陣営のパワーバランスを教えてもらっている。


 以前に曹操から離反した張邈と会ってきた。


『袁紹の配下で不満を持っていそうな者はいますか?』


 と質問したら、


『許攸でしょう。古参の一人ですが、近年は地位が低下しています。何回か袁紹に進言したら全部却下されたと、手紙で私に愚痴ってきました』


 と教えてくれた。


 それから許攸と手紙を交換している。

 調略は好きじゃない。

 が、苦手でもない。


 どんな組織にも欠陥はあって、脆い一点を見つける感覚は謎解きゲームに似ている。


「この辺の地形について知りたい。近くの農夫を連れてきてくれないか。くれぐれも丁重にな」

「承知です」


 兵士が去った後、千里隊がくれた書簡に目を通し、覚えたものは燃やしていった。

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