第26話 久しぶりの客人

 本物の趙雲だ⁉︎ と思った。

 曹操も孫堅も劉備りゅうびもリアルタイムで生きているのは理解しているが、実物を前にすると感慨深いものがあった。


「何と⁉︎ 呂布殿の長子だったのか⁉︎」

「父をご存知ですか?」

「もちろん。呂布殿の驍名ぎょうめいは何度も聞いている。あの鮮卑を押し返したという話も知っている。ぜひお会いしてみたい」


 趙雲の瞳が子供みたいに輝いた。


「私は父に拾われました。だから直接の血のつながりはありません。こっちの琳は紛うことなき呂布の娘です」


 呂琳が折り目正しく礼をする。

 すると趙雲も人好きのする笑顔を返した。


 趙雲は義勇兵として西涼で戦ってきたらしい。

 親交のある公孫瓚が苦戦していると聞いて救援に向かうそうだ。


「西涼の戦況はどうでしたか?」

「とても酷い状態だ」


 趙雲は肩をすくめた。


「韓遂と馬騰は亡霊なのだ」

「それはどういう意味でしょうか?」

「漢王朝に対する積年の恨みが反乱軍を支えている。西涼の民すべてが朝廷のことを嫌っている。私は解放者として乗り込んだつもりだった。でも、向こうの人々から手痛い洗礼を受けた」


『よそ者は出ていけ!』

 農夫がいきなり馬のフンを投げつけてきたらしい。

 西涼の子供に水を所望したら、牛のおしっこを出されたこともあるそうだ。


「彼らにとって反乱軍こそ正義なのだ。中華の皇帝は悪党で、官軍は悪の手先だと思われている。そんな状態だから、これ以上戦っても意味はないと悟った」

「根が深い問題ですね」

「まったくだ。槍と弓では解決できない」


 そんな会話を交わしていると村が見えてきた。


「あれが我が家です」


 呂青が帰ってくると、呂布は読書していた


「父上、お客人です。常山の趙雲殿です」

「趙雲?」

「義勇兵として戦っている方です。持ち馬が負傷して難儀しております」


 呂布は書物を伏せて外へ出た。

 趙雲とあいさつを交わしてから白馬の傷を確かめている。


「折れた木がぶつかってできた傷です。その場で処置は施したのですが……」

「このくらいの傷なら元のように走れるだろう。だが、しばらく様子を見た方が良さそうだ」

「厚かましいお願いなのですが、呂布殿の牧場で休ませてもらえないでしょうか?」

「お安い御用だ。馬の扱いが上手い者に手当てさせよう」


 趙雲が安堵するのが分かった。


「良かったな、白竜はくりゅう


 そう言って愛馬の首筋をなでている。


 呂布はいったん家に帰った。

 客人に料理を振る舞いたい、と英姫に話している。

 一目で趙雲のことが気に入ったらしい。


「青と琳は酒を買ってきてくれないか?」

「はい、父上!」


 最寄りの酒屋へかめを持っていった。


「珍しいね、呂布の旦那が酒なんて」

「急きょ客人が来たのです」


 呂琳はさっきから含み笑いしている。

 この後、美味しい肉料理にありつけるのが楽しみなのだ。


「おい、琳。客人の前でいつもの食い意地を発揮するなよ」

「分かっていますよ〜」


 呂琳は口笛を鳴らしており、右の耳から左の耳という感じだった。

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