第27話 一番強かった軍は……

 呂布が旅人に食事と宿を提供することは以前にも何度かあった。

 侠気おとこぎから出た行為であるが、遠くの情報を仕入れられるという副産物をもたらしてくれた。


「西涼で見てきた軍の中で一番強かったのは、やはり孫堅の部隊でしょう」


 趙雲が絶賛したのは孫堅軍だった。


「兵も将も勇敢です。孫堅は陣頭で指揮を取るので、臨機応変に陣形を変えるような戦い方が得意です」


 孫堅は孫子の末裔まつえいを自称している。

 それだけ用兵に自信があるのだろう。


「兵の強さだけでいうと董卓軍も引けを取りません。ですが軍に規律というものがありません。現地でたくさん殺しや略奪を働きますから、味方からも敵からも嫌われています」

「董卓軍は勝ったり負けたりしている印象だが……」


 呂布が指摘する。


「董卓はわざと負けるのですよ。狙いはいくつかあって、朝廷に対する脅迫だったり、兵力の温存だったりします。気に入らない部下を見殺しにすることもあります。押せば勝てるような場面でも、利益と損失を天秤にかけて、利益が少ないと見ればあっさり引きます」

「ふむ、食えない奴だな」


 世間の評判では『董卓はそこまで戦が上手くない』と思われていた。

 明らかに有利な局面から敗走することもあって、意図した敗北なら納得という気がする。


「董卓軍は弱いという噂をあえて流しています。相手を油断させるための罠です。名声には一銭の価値もないと考えるような男ですから。董卓軍を過小評価してしまうと、それこそ董卓の思う壺なのです」

「乱世をしぶとく生き残るのは、案外董卓のような男かもしれないな」


 趙雲は一つ頷くと「誰が董卓を殺すのか、見てみたい気がします」と吐き捨ててから酒を口に含んだ。


 焼いた肉が出てきた。

 呂琳がごくりと喉を鳴らす。

 客人である趙雲が手をつけるまで呂青たちは食べられない。


「皇甫嵩の実力は如何程いかほどだろうか?」

「英雄の気質があります。しかしお年を召されています。野心がないのは美徳ですが、皇甫嵩は清く正しくあることにこだわりすぎている印象です」


 皇甫嵩がその気になれば漢王朝を転覆できるのでは? という意見もあった。

 さすがに帝位を奪うのはやりすぎだが、宦官の一掃を皇甫嵩に期待する声はある。


「正義を貫くのも考えものだな」

「ええ、君子は豹変すると言いますから。時代に合わせて古い思想を捨てることも必要だと思います。場合によっては悪名を背負うのも一種の勇気でしょう」


 こうして話していると、趙雲は頭が良くて情報通なのが分かった。

 公孫瓚が趙雲を西へ送った真の狙いは偵察かもしれない。


 ちょんちょん。

 呂琳がひじで突いてきた。

 早く肉を食べたくて仕方ないらしい。

 口だって腹ぺこの犬みたいにモグモグ動いている。


 呂青は声にならないため息を吐いた。

 趙雲に肉を勧めてから、呂琳が食べる肉を皿に取り分けてあげる。


「やった!」


 呂琳が慌てて口を塞ぐと、呂布と趙雲は声をそろえて笑った。


「趙雲殿はかつて公孫瓚と一緒に戦ったのか?」

「そうです。公孫瓚は熱血漢です。どんな相手だろうが怯むことはありません」


 公孫瓚も遊牧民との戦いで名をあげた男だ。

 騎馬隊の増強に取り組んでいたりと、呂布と共通点は多い。


「これは架空の話なのだが……」


 呂布が肉を一切れ口に放り込む。


「誰とでも手合わせできるなら、公孫瓚の騎馬隊と戦ってみたい気がする。どちらの騎馬隊が優れているのか試してみたい」

「それは呂布殿が勝つでしょう」


 趙雲は即答した。


「どうしてそう思う?」

「理由は二つあります。公孫瓚は曲がったことが嫌いな男です。戦でも正面からの突破を好みます。この性格のせいで伏兵や挑発に弱いのです。駆け引きなら呂布殿が一枚も二枚も上でしょう」

「もう一つの理由は?」

「個人の武力を比べた場合、呂布殿は公孫瓚を圧倒しているからです」


 この後も話は盛り上がって、夜明けまで続きそうな勢いだった。

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