第28話 殺す気の一撃

「稽古をつけてほしい?」

「はい、趙雲殿は槍の名手とお見受けします」


 趙雲はしばらく逗留とうりゅうすることになった。

 せっかくなので技を教えてくれるようお願いした。


「いいだろう。白竜の傷が癒えるまで私も退屈せずに済む」

「ありがとうございます!」


 庭で向かい合う。

 二人の手には棒が握られている。


 大きい男だな、と思った。

 背丈だけなら呂青も大人の域に入りつつあるが、趙雲は存在そのものが大きい。

 ゴツい岩と対峙している気分だ。


 少し離れたところで呂琳が見守っている。

 応援の視線を痛いほど感じる。


「呂青殿、どこからでも打ちかかってこい」

「本気で行きますよ? 怪我しても知りませんよ?」

「構わない。私の体には当たらない。余計な心配は不要だ」


 言いやがる、と思った。

 それと同時に『冷静さを欠いたら趙雲のペースだぞ』と自分に言い聞かせる。


 呂青は鋭く踏み込んだ。

 正面から突くと見せかけて、いったん棒を引き、横薙ぎの一撃へとつなげる。


 フェイントをかけたつもりだが、趙雲は的確に防御してきた。


「中々腕力があるな。でも力任せじゃこの趙雲は倒せない」


 次の攻撃に移ろうとした呂青はハッとした。


 ないのだ。

 手元の棒が。


 背後から乾いた音がしたので振り返ると、さっきまで呂青の持っていた棒が転がっている。


 呂青は自分の手を凝視した。

 十本の指がジンジンする。


 何をされたのか理解できなかった。

 状況から察するに、巻き上げるような要領で棒を飛ばされたのだろうが、一連の動きが速すぎて目で追えなかった。


 ちょこんと首筋に棒が触れる。

 趙雲が勝ち誇ったように笑っている。


「これで呂青殿は一回死んだ。相手の武器を落とすのは、私がよく使う技だ。ほぼ確実に相手を倒せる。これなら相討ちになる心配もない」

「お見事です。価値のあるものを見させてもらいました」


 趙雲は拾った棒を呂青に返してくる。


「最初、呂青殿は突いてきた。すぐに軌道を変えてきた。狙いは悪くないが、強い相手には通じない」

「どうして見破れたのですか? あれは私が何度も練習してきた技です」

「言葉で説明するのは難しいが……」


 相手の視線、棒の角度、脚の位置。

 ちょっとしたヒントから、最初の一撃はフェイントかもしれない、と見破ったらしい。


「一撃にも色々ある。殺す気の一撃。牽制のための一撃。破れかぶれの一撃。当たればいいという一撃。全部が微妙に違うのだ。もし私が呂青殿と同じことをやるとしたら……」


 その場で棒を構えるよう言われた。

 危ないから絶対に動くな、と物騒な言葉までもらう。


「ふぅ……」


 息を吐いた趙雲が鋭い突きを放ってきた。

 棒は呂青の喉から拳一個のところで止まる。


 風がうなった。

 次の瞬間、棒は呂青の腰から拳一個のところで止まっている。


 ワンテンポ遅れて鳥肌が浮いてきた。

 尻餅をつきそうになるのをぐっと我慢する。


「死んだと思いました」

「これが殺す気の一撃だ。突きを繰り出す時、私は呂青殿を殺すつもりで動いた。棒が体に触れなかったのは、いつもより短く握ったからだ。私の槍なら穂先が喉に食い込む距離だ」


 日々の練習はとても大切。

 だが実際の戦場に立たないと見えない景色もある、と趙雲は言う。


「呂青殿は何のために強くなりたい?」

「早く父上に追いつきたいのです」

「何のために呂布殿の背中を目指すのだ?」

「半分は自分が満足するため。半分はこの土地の人々を守るため。父上をたすけるために生まれてきたと、私は昔から信じています。でなければ雪山で孤独に死んでいました」

「そうか。信念だな」


 趙雲が一つ頷く。


「短期間ではあるが、呂青殿を強くすると約束しよう」


 横から拍手が聞こえた。

 なぜか呂琳の方が喜んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る