第44話 董卓からのIQテスト

 近頃、呂琳が拗ねるようになった。

 柑子みかんを買ってきたのだが「食べない!」と言ってそっぽを向いてしまう。


「琳は果物が好きだろう」

「でも、いらない!」


 理由は分かる。

 董卓からもらった金で買った柑子なのである。


「敵のろくまない!」

「琳は昔の聖人みたいなことを言うんだな」

「ふん!」


 昔の聖人というのは伯夷はくい叔斉しゅくせいのことだ。

 周の武王が覇道をもって天下統一した後、暴力が勝利したことを嘆きつつ餓死した。


「琳が食べないなら俺が全部食う」

「…………」


 呂青は一個食べた。

 すると呂蓮と呂白が寄ってきた。


「あ、柑子だ!」

「私も食べたい!」


 妹二人にも分けてあげる。

 呂琳は一度だけ柑子を気にしたが、不貞腐れたように寝転がる。


「姉上は食べないのですか?」

「気にするな、蓮。どうやら琳は腹痛らしい」

「あら、そうですか。こんなに美味しい柑子なのに可哀想な姉上」


 呂琳がいきなり跳ね起きた。

 残っていた柑子を根こそぎ奪ってから逃げていく。


「あっ!」

「逃げた!」

「やれやれ、困った奴だ」


 呂青はむきかけの柑子を置いて呂琳を追いかけた。


 敷地のどこにも見当たらない。

 庭に梯子はしごがかかっていたので、屋根に上がってみると、泣きながら柑子を食べる呂琳がいた。


「敵の禄は食まないんじゃなかったのか?」

「うるさいな〜。柑子に罪はないもん」


 呂青は横に座って一緒に柑子を食べる。


「お祖父様は死んだんだ。もう生き返ることはない」

「どうして父上も兄上も平気そうな顔できるの⁉︎」

「平気ではない。父上だって辛い。俺も辛い」


 でも董卓を倒すためには董卓の下で実力を付けるしかない。


「兄上はこの前、皇帝のお墓から財宝を盗んできた! お祖父様が知ったら悲しむ!」

「盗んだのではない。お借りしたのだ」

「一緒だよ!」


 呂琳がキッと睨んでくる。

 かと思いきや呂青の胸で泣き始めた。


「本当は怖いの。いつか父上と兄上が死んじゃうかもって。そうしたら母上が悲しむ。そんなの耐えられないよ」

「琳……」


 優しいところは父上や母上に似たな。

 そう伝える代わりに呂琳を抱きしめた。


「俺は死なない。琳との約束だって守る」

「約束?」

「忘れたとは言わせない。いつか海を見に行くと誓っただろう」

「もう十年くらい前の約束だよ」

「すぐには無理だ。でも琳を海へ連れていく。俺だって琳と一緒に海を見たい。飛電と残雪にも海を見せたい」


 呂琳の顔がポッと赤らんだ。

 その涙をぬぐってあげた時、下から呂布の声がした。


「青! いるか、青!」

「何でしょうか、父上!」

「おお、屋根の上にいたか。相国しょうこくが俺たちを呼んでいる。降りてこい」


 人臣の最高位とされる相国の称号を董卓は新しく使うようになった。


 ……。

 …………。


 呂青たちがやってきた時、董卓は氷でキンキンに冷やした清酒を飲んでいた。

 氷も清酒もそこまで珍しくないが、たっぷりの氷で酒を薄めて飲むのは董卓くらいだった。


 ッ……⁉︎

 生首がある。

 袁一族のものだ。


 袁紹が董卓との対決姿勢を鮮明にさせたので、洛陽にいた人質たちを皆殺しにしたのである。


 董卓はまったく酔っていない。

 ゾッとするほど冷たい目で「お前の甥が兵を集めておるぞ」と首だけになった袁隗えんかいに話しかける。


「呂布よ、賊の討伐ご苦労だったな。首尾は上々だったか」

「寄せ集めです。手応えがありませんでした」

「ふむ、勇ましいな」


 董卓が女たちに盃を持ってこさせる。

 呂布が一口飲んだので呂青も一口飲んだ。


「どの軍と戦いたいか、希望はあるか?」

「一戦交えるなら孫堅ですかね。次いで公孫瓚あたりかと」

「孫堅か。あいつは強いな。人の風下に立たないのが長所でもあり短所でもある」


 董卓は孫堅を懐柔しようとして失敗している。


「もしここに……」


 董卓は梨を二つ並べた。


「商人がいる。品物を百両で売りたい。しかし道の反対にも商人がいる。似たような品物を五十両で売っている。半値だ。これは困った。どうすればいい」


 だったら四十九両に値下げする……。

 下手くそな答えを返そうものなら首を刎ねられそうな剣幕だった。


「私に案があります」

「ほう、呂青か。述べてみよ」

「もう一人の商人から品物を五十両で買い取ります。そして両方とも百両で売ります」


 董卓が口笛を鳴らした。


「そうだ。買い占める。それが商売の鉄則だ。米でも小麦でもいい。大量に買い占めたら人々は言い値で買うしかない」


 黄巾の乱が起こった頃。

 商人たちが良質な米や小麦を買い占めたせいで大量の餓死者が出ていた。


「俺は富豪が嫌いだ。他人の血で肥えるからな。金を使って金をやす。そのことは否定しない。しかし洛陽には拝金主義がはびこりすぎた」


 董卓が盃を置いた。


「洛陽は臭い。金の匂いが染みついている。よって洛陽を破壊して、長安へ本拠地を移そうと思っている。この件は内密にしておけ」


 さすがの呂布も一瞬驚いていた。

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