第43話 歴代皇帝の陵墓

 劉辯と皇太后が殺された。

 その報告を受けた時、呂青は墓の中にいた。


 ここは歴代皇帝の陵墓である。

 副葬品として金銀宝玉が納められており、金銭的価値の高そうな物を回収していた。


 盗掘は罪が重い。

 普通なら死刑である。


 なぜ呂青が堂々と墓泥棒しているかというと、董卓に命令されたからに他ならない。


 なぜ俺なのだ?

 そう思う反面、他者の手で墓が壊されるよりはマシだと割り切った。


 建築に詳しい者を呼んで図面を描かせている。

 宝物の位置と数を記録しておけば、いつか復元する機会が巡ってくるかもしれない。


「陶器は割るなよ。財宝は逃げないからゆっくりでいい」


 王朝が変わるたび、前の王朝の墓は荒らされるのが通例だった。

 時代が変わったことを示すデモンストレーションの意味がある。


 ゆえに完全な状態の皇帝陵墓を目にするのは非常にレアな体験といえる。


「始皇帝の墓はこの世にあると思うか?」


 設計士に問うてみた。


「秦の始皇帝ですか?」

「発見したら偉業という気がする」

「幻とされていますからね。この世で一番大きな陵墓です」


 始皇帝は即位するなり自分のお墓作りをスタートさせた。

 最大七十万人が三十七年かけて建設したらしい。


「目ぼしい財宝は取り尽くしました、若殿」

「よし、帰るぞ」


 丸一日かけて馬車一台分の金銀宝玉が集まった。

 明日は別の皇帝の墓を調べるスケジュールとなっている。


 統治が上手くいっていた皇帝の場合、墓は大きく副葬品も豪華だった。

 逆に漢王朝の衰退が進むと、陵墓のスケールダウンも進んでいった。


「いずれ呪われるかもな」


 飛電の背中で自嘲する。

 馬に漢王朝の威光は通じないから、陵墓の上で糞をまき散らしていた。


 今日の成果を董卓に報告した。

 すると国庫へ移動させるよう命じられた。


 董卓はこちらの忠誠心を計ろうとしている。

 いや、人の忠誠心なんてものは信じておらず、不満がないか見定めているのだろう。


「陵墓に入ってみた感想はあるか、呂青」

「土臭いだけの場所でした。歴代皇帝の墓を暴くことで、漢王朝は終わったと印象付けられるでしょう」

「そうだ。墓は何の役にも立たない」


 董卓は両側に美女を置いて酒を飲んでいた。

 女好きというわけではなく『あいつは嘘を吐いているように見えたか?』と後で彼女らに質問するのだ。


 美女は二人ともニコニコしている。

 でも目の奥が笑っておらず油断ならない。


「始皇帝は大きな墓を作ったが、あれも無意味だ。秦王朝はあっさり滅んだ。墓だけ残っても墓参りする子孫がいないだろう」

「おっしゃる通りです」

「秦は七百年続いた大国だった。それを始皇帝がダメにした。つまり始皇帝はダメな男だと思わないか?」

「それは……」


 地雷のような質問をされるのは日常茶飯事である。


「人間には二種類あると思います。古い秩序を壊す者と。新しい秩序を立てる者と。始皇帝は前者だったのでしょう。そのことを自覚して、さっさと権力を息子に譲っていれば、今なお秦王朝は栄えていたと思います」

「ふむ、知ったような口を利くではないか」


 そう言う董卓は上機嫌そうだ。


 退室の許可をもらった。

 袋を投げられたので開いてみると金子が詰まっていた。


「働きに応じて金を与える。それが董卓軍の決まりだ。賢い男という奴は金の使い方も賢い」


 受け取りを拒否することは許さない、という意味らしい。


「ありがたく頂戴します」

「女を抱いていくか? やりたい盛りだろう」

「いえ、結構です。この後、妹に勉強を教える予定です」

「呂布の子供は真面目だな。俺の孫とは大違いだ」


 頭を下げてから今度こそ退室する。


「大丈夫でしたか?」

「信頼されたわけじゃない。でも役に立つ男だとは思われている」


 いつか呂青が殺される。

 兵士はその点を特に心配していた。


「若殿は一度、董卓に剣を向けましたから」

「あったな。十人くらいに袋叩きにされた。でも董卓は実利を重んじる。過去の因縁にこだわらない男だ。俺が殺されるとしたら、俺に利用価値が無くなった時だろう」


 人影の減った宮中を抜けていく。

 どの表情も暗く、お通夜みたいなムードが漂っている。


 劉辯が殺されたせいだ。

 現在、皇位継承権を持っている者はおらず、一人残された劉協が最後の皇帝になろうとしている。


 董卓の目的は漢王朝を滅ぼすこと。

 そこに疑いの余地はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る