第42話 この国の宝は民です

 董卓の独裁がスタートした。

 死体を見かけない日はなかった。


 まず人望のあった皇甫嵩が投獄された。

 踏み絵のようなもので、董卓の決定に反対したり、わざと手続きを遅らせた者は、殺されるか投獄されるかの二択だった。


 それから人事を次々と変えていった。

 官位を与えるだけならタダ同然なので、折り合いが悪いとされる袁紹や袁術にも大盤振る舞いした。


 曹操たちは洛陽から脱出した。

『追撃して殺しましょう』という声もあったが『もっと優先すべきことがある』といって董卓は却下した。


 董卓にも誤算はあった。

 想定していた以上に漢王朝が金欠なのである。


 国庫が一文無しどころか、金持ち連中から多額の借金をしており、利息の支払いすら焦げついていた。


『あの天子様が借金王とは滑稽ではないか』


 董卓がどんな金策を披露してくれるのか。

 全員が小さな期待と大きな恐怖で見守った。


『国が借りていた金を返す』


 そういって金持ち連中を一堂に集めた。

 兵士たちに惨殺させたのは言うまでもない。

 天文学的な数字の借金がわずか一日で消えた。


 これでマイナスがゼロに戻った。

 次はプラスを生む必要がある。


『宮殿を順次解体しろ。売ればいくらか金になるだろう』


 あろうことか皇帝の住居を金に変え始めたのである。

 借金の元凶は皇帝なので、董卓にとっては当然の判断なのだ。


『やめてくれ、董卓! それは伝家の宝玉なのだ! 失ってはならない宝なのじゃ!』


 劉辯が泣きながら抗議すると、


『この国の宝は民でございます!』


 第一人者に向かって頭ごなしに説教するという有様だった。


 董卓はわりと正論を吐く。

 これには周囲の廷臣もビビった。


『まだ金が足りぬな』


 洛陽の出入りを制限させろ、という命令が出された。

 富豪が勝手に逃げないよう持ち物チェックを徹底させたのだ。


『隠している財産を出せば命だけは助けてやる』


 そういって脅すのだが結局は殺してしまう。

 絶望して自殺する富豪が後を絶たなかった。


 血と死の匂いに酔った。

 それも一週間すると抵抗が消えた。


 小さな子供が泣いている。

 両親と思しき死体が二つある。


 呂青は子供を無理やり抱き上げた。

 順風隊のアジトに連れ帰り、ここのリーダーに預ける。


「孤児を拾ってきた。何か食わせてやってくれ。あと怪我の手当を頼む」

「またですか……」


 順風隊は元負傷兵の集まりだ。

 そのせいか弱者の扱いが上手かった。


「孤児院を開けるくらい遺児が多いな」

「余裕のある家庭に拾われたらいいですが……」

「こんなご時世だ。運良く生き延びても賊になるのがオチだろう」


 何度目か分からないため息をつく。


 丁原が死んだことで并州軍は解体をまぬがれていた。

 五千の兵士は自由に動かせるし、英姫たちも無事に解放されている。


 呂布が丁原を斬った。

 真実を知っているのは一握りで、周りには事故死と説明していた。


 とてもじゃないが呂蓮と呂白には打ち明けられない。

 運命を恨むことに若いエネルギーを割いてほしくなかった。


 呂布は以前に増して練兵に力を入れている。

 丁原から引き継いだ軍を最強にする! という強い意志を感じた。


 心配なのは呂琳だった。

 一日の半分くらい寝ている。

 近くにいたいのが本心だが、他にやることが山積みだった。


「すまん、水をくれ」

「すぐにお持ちします」


 血と死の匂いに慣れた。

 呂青はそう思った。

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