第22話 馬牧場ができた!

 十三歳になった。

 父の呂布は転戦に次ぐ転戦だった。


 黄巾の乱はいったん治まっている。

 首領である張角ちょうかくが病死したのだ。


 とはいえ中華の秩序が回復したわけではない。

 豪族たちは私兵を解散させるどころか、ますます軍備にお金を投じており、軍閥ぐんばつの様相を呈していた。


 西涼せいりょうで反乱が起こった。

 中心人物は韓遂かんすいである。


 韓遂はかつて役人として洛陽に出仕していた。

 権力者の何進かしんと親交があり、宦官の一掃を提案したのだが『まだ時期尚早である』として取り合ってもらえなかった。


 たまらないのは韓遂だ。

 このままだと宦官から恨まれて斬首される。


『どうせ漢王朝は滅亡するだろう。一緒に滅びるバカがあるか』


 韓遂は地元の涼州りょうしゅうへ帰っていった。

 ならず者たちと合流して、朝廷に弓を引く決意を固めたのである。


 中央からは皇甫嵩と董卓とうたくの討伐軍が派遣された。


 この人選はマズかった。

 二人は仲が良くないから、軍の連携が上手くいかず、目ぼしい戦果を挙げられなかった。


 増援として孫堅そんけん陶謙とうけんらが派遣された。

 いったん韓遂を押し返すものの、涼州では人望が篤いとされる馬騰ばとうまで反乱に加わり、出口の見えない状態が続いている。


 西方で火の手が上がったのと呼応するように、北方では張純ちょうじゅんが勝手に『王』を自称し出した。

 あっという間に数万人が集まり、独立を宣言したのである。


 泣きっ面にはちとはこのことだ。

 朝廷は西方へ派遣していた公孫瓚こうそんさんの部隊を呼び戻し、北方へ派遣させるという次善策に出た。


 韓遂も馬騰も張純も役人だ。

 これまで漢王朝を支えてきた。


 昨日の味方が今日の賊将なのである。

 いよいよ世紀末のムードが濃くなってきた。


 幸いなことに并州は落ち着いていた。


 遊牧民が攻めてくることはあったが、いずれも散発的な攻撃にとどまっていた。

 遊牧民同士で連携することもなく、地元の兵士たちが撃退に成功している。


 呂布は騎馬隊の強化を進めていた。

 いくら歩兵を鍛えても遊牧民相手では逃げられる。

 反転攻勢のためには機動力が欠かせないと判断したのだ。


 匈奴の中には漢王朝に帰順している部族がおり、良質な馬をたくさん仕入れることができた。


 騎馬隊を鍛錬しているのは高順である。

 曲がる、反転する、縦列を組む、横に広がる、といった動きを繰り返し練習していた。


 遊牧民と馬は人馬一体である。

 実際に交戦した呂布だからこそ、訓練された騎兵の強さを理解しているのだろう。


 村の近くに牧場ができた。

 去年から馬の繁殖に取り組んでいるのだ。


 馬を世話しているのは匈奴出身の青年である。

 漢語を理解しており、馬に関することなら何でも教えてくれた。


 呂青と呂琳はよく牧場へ遊びにいった。

 匈奴の青年は気さくな性格をしており『北の匈奴は野蛮で、南の匈奴は温和だ。だから北の匈奴には絶対近づかない方がいい』と教えてくれた。


 牧場にいる馬は百頭くらい。

 増えていくペースは微々たるものだが、いずれ十倍の規模にしたい、と呂布は語っていた。


 この日、特に嬉しいニュースがあった。

 呂布が若い馬を二頭買ってきてくれたのである。


「やったね! 兄上! 本当に自分たちの馬が手に入ったよ!」


 呂琳が朝から大はしゃぎしている。


「一歩だけ大人に近づけた気がする。父上には感謝だな」

「これで遠い場所まで行けるね! ちゃんと乗れるようになったら兄上と朝駆けに行きたい!」


 お金は二人でコツコツ貯めたやつだ。

 子供なのに馬を買うなんて、最初は冗談かと思っていたが、とうとう現実となったのである。


「馬の名前を決める必要があるな」

「あ、そっか。でも兄上の方が文字を知っているから、兄上に決めてもらおっと」

「おいおい……」


 草の匂いを肺にたっぷり取り込みながら、牧場へと続く道を駆け抜けた。

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