第23話 愛馬に名前を付ける

 呂青の馬は栗毛のオスだった。

 雷のように眩しいから『飛電ひでん』と名付けた。


 呂琳の馬は白馬のメスだった。

 脚のところにまだら模様があるから『残雪ざんせつ』と名付けた。


 二頭とも春に産まれた仔馬だ。

 離乳は済んでおり、美味しそうにまぐさを食べている。


「毎日会いにくるといいですよ」


 匈奴の青年はアドバイスをくれた。


 呂青は両手で秣をつかむ。

 飛電の口まで運んであげると警戒することなく食べてくれた。


 呂琳も真似して秣を与えてみる。

 残雪の舌がくすぐったいのか、声に出して笑っている。


「いつ乗れるようになりますか?」


 呂琳が問う。


「冬までには人を乗せるようになるでしょう。近々人を乗せる訓練を始めます。まずは鞍を載せます。慣れてきたら手綱の感覚を教えます」

「楽しみです!」


 呂青は飛電の首筋に触れてみた。

 人の平熱より温かい。


「馬と仲良くなりたいなら、声をかけるといいです。私たちが馬の気持ちを知りたいように、馬も人間の気持ちを知りたいのです」


 さっそく呂琳が「初めまして、残雪。私の名前は呂琳だよ」とあいさつしている。


 すると残雪は丸っこい鼻先を呂琳に近づけた。

 どうやら匂いを覚えているらしい。


 呂青も妹を真似してみた。

 すると飛電は「よろしくな!」と言うように喉を鳴らした。


「あ、飛電が笑った」

「分かるのか、琳?」

「うん、頬っぺたが少し膨らんだ」


 呂青は視線を横へ向けた。


「姫様は馬の気持ちをよく理解しています」


 匈奴の青年が微笑する。

 耳とか尻尾を見れば馬のコンディションが分かるらしい。


「毎日馬を見ることです。人間と遜色ないくらい心が通じ合うようになります。そうやって匈奴は馬と仲良くなります」


 そんなものかな、と呂青は思う。

 飛電がフンフンッ! と鼻息をかけてきたので、追加の秣を食べさせておいた。


「あなたの腕の傷は?」

「ああ、これですか」


 青年が右腕を押さえる。


「私も黄巾軍との戦いに参加していました。もう三年前ですが」

「自ら志願を?」

「そうです。王の召集に応じました。漢王室は我らの後ろ盾ですから。皇帝をたすけるべきだと、今の王は考えています」


 官軍として戦う匈奴がいる一方、賊に合流したり略奪をはたらく者もいる。

 一枚岩ではないようだ。


「呂布殿には英雄の資質があると思います。ですから私は漢王室にくみしているというより、呂布殿に与しているのです。匈奴の馬と中華の武具が組み合わさると、この地上で最強の騎馬隊が生まれます。呂布殿はそれを目指しておられます。私もその活躍を見てみたいです。しかも呂布殿は戦術に詳しい。向かうところ敵無しという気がします」

「なるほど」


 最強の騎馬隊という響きは悪くない。


「若殿が出陣される日を楽しみにしています。本当はそれまでに天下が泰平になれば良いのでしょうが……」

「年々悪くなっていますから。今のところ望みは薄そうです」

「私は馬を育てます。それが私の戦争です」


 匈奴の青年は白い歯を見せて笑った。

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