第2話 偉人の名をもらう

 名将・衛青えいせいにあやかって呂青りょせいと名付けられた。


 衛青というのは漢の武帝ぶていに仕えた武将である。

 奴隷という身分に生まれながら、天下の大将軍にまでのぼり詰めた偉大すぎる男なのだ。


 養父はやはり呂布りょふだった。

 部下らしき男がやってきて『丁原ていげん様がお呼びですよ』と話しかけていたから間違いない。

 姓は違うけれども、丁原と呂布は義父子なのである。


 呂布は家に帰るなり、籠に入ったままの呂青を妻に見せた。

『今日からうちで育てることに決めた。どうせ一人育てるのも二人育てるのも変わらないだろう』と告げると、妻はびっくりして手に持っていた物を落とした。


 二人の会話から、呂布の妻は出産を控えていることが読み取れた。

『男の子なのか女の子なのか楽しみね』なんて妻は話していたが、史実の呂布に息子はいないから、産まれてくるのは娘という気がする。


 上手く泣けるか、呂青は何度もトライしてみた。

 喉の奥から「アッ……アッ……アッ……」と詰まった声が出てくる。


 参ったな。

 泣ける気がしない。

 親の注意を引くために欠かせない技能だけれども、皆はどうやって習得するのだろうか。


「おお、こいつ、笑っている」

「家が温かいから安心したのかしら」

「しかも尿を飛ばしやがった。一人前に俺の脚にかけやがった」


 ごめんね、パパ。

 内心で謝っていると、呂布はどこかへ去っていった。


「よしよし、いい子、いい子」


 養母はどんな顔の女性だろうか。

 確かめられないのは残念だが、声音からは優しそうな人という印象を受けた。


 頬っぺたをツンツンされる。

 くすぐったくて変な声を出してしまう。


「ごめんね、私はまだお乳が出ないの。もうすぐ近所の人が助けに来てくれるから」

「アッ……アッ……」


 お乳という言葉に興奮していると一つの足音が帰ってきた。

 呂布かと思いきや高順だった。


「奥方様、お湯をお持ちしました」

「ありがとう、高順」


 尿で汚れてしまった布をがされる。

 寒さでプルプルしているとお湯で全身を清められた。


 温泉に入っているみたいで気持ちいい。

 一通り洗ってもらった後は乾いた布で全身の水気を吸ってもらう。


「ほら、綺麗になりましたよ」


 養母が頭から新しい衣装を被せてくれる。

 これから生まれてくる赤ちゃんのやつかな。

 横取りしちゃったみたいで申し訳ない。


「よく雪山で赤子を見つけましたね。発見したのは高順なのでしょう」

「探しに行こうと言い出したのは殿です。最初は半信半疑でしたが……」


 物資を調達するため呂布一行は街まで出かけた。

 すると脚をくじいて難儀している老婆と出くわした。

 呂布がおんぶして家まで届けてあげたのである。


 お礼は要らないと固辞したが『一回占わせてくれ』と老婆は食い下がってきた。

『雪山で赤子を拾う。手元に置くといい。天からの贈り物だ。立派な男児となり、一家に幸福をもたらす』というのが占いの結果だった。


「あの人が占いを信じるなんて意外だわ」

「殿も元は孤児ですから。孤児がいると聞いて無視できなかったのでしょう」


 高順と入れ替わるようにして呂布が戻ってきた。


こうおばさんが協力してくれることになった。これから毎日乳を飲ませに来てくれる」


 ようやく飯にありつける嬉しさで「アッ! アッ!」と叫んでしまった。

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