父ちゃん無双 〜呂布奉先は天下一強くて優しい漢だった〜

ゆで魂

第1話 雪山の孤児

 綿毛のような雪が舞っていた。

 視力は失われているが、吹きつける風の冷たさで、今日は雪の日なのだと理解できた。


 無性に親指を吸いたくなってしまう。

 チュパチュパチュパチュパ……口が疲れたら少し休んでチュパチュパチュパチュパ……明日はあごが筋肉痛だろうと思いつつチュパチュパチュパチュパ……。


 めたくても止められない。

 無限におしゃぶりしたくなる呪いだろうか。


 手足は大して動かせない。

 防寒具なんて立派な物はなく、身を守ってくれるのは布切れ一枚だけ。

 

 ここに打ち捨てられて何時間経ったか不明だが、あまり長生きできない予感はあった。


 狼の遠吠えが聞こえた。

 さっきより近くなった気がする。

 不思議と恐怖は湧いてこず、お腹が減ったな、と俗っぽい心配をしてしまう。


 口に落ちてくる粉雪を舐めていると、複数の足音が近づいてきた。


 三人か四人だろう。

 雪を踏み締める音から察するに、いずれも大柄な男と思われる。


「殿、赤子が捨てられております」


 野太い声が降ってきた。


「あの占い師が言っていたことは本当でしたな。竹を編んだかご、黄色い絹に包まれた赤子」


 下半身の布をめくられて、おまたの部分がスースーした。


「しかも男の子です」


 もう一つの足音も近づいてくる。


「これはいかん。肌が冷たくなっている。急いで連れて帰るぞ」

「まさか殿自身が育てるつもりですか?」

「そうだ。俺の養子にする」


 籠ごと持ち上げられた。

 上から柔らかい布をかけられて、風の冷たさがピタリと止む。


 温かくて気持ちいい。

 油断するとおしっこを漏らしそうだ。


「占い老婆ばあさんの言うことが本当なら、この子は神仙が俺のところへ遣わしたことになる。将来、立派な武人になるかもしれない」

「ですが、奥方が難色を示されませんかね?」

「案ずるな、高順こうじゅん


 男たちは歩行を再開させた。


「あいつは子供が好きだ。きっと喜ぶさ」


 命拾いしたらしい。

 心地いい振動に身を委ねながら男たちの会話に耳をそばだてる。


「一体誰が捨てたのでしょうか。こんなご時世ですから、赤子を捨てる民草は珍しくありませんが、体に巻きつけてある絹は中々に上等です」

「分からん。良家の娘が捨てたのかもしれない。士大夫したいふの家だって暮らし向きは楽じゃない」


 男は淡いため息をこぼした。


「世の中が乱れすぎた。年々ひどくなる一方だ。役人は税を軽くするどころか、まったく逆のことをやる。耐えきれなくなった民は畑を捨てる。すると国の実入りも減る。悪い循環だ」

「せめて帝が英邁えいまいであられたら……」

「いうな、高順。悪いのは帝ではなく取り巻きだ。世がこれほど荒廃しているのに、正しい情報が帝の耳に入らない。本当に憎むべきは外戚と宦官なのだ」

「真実を口にする者は誣告ぶこくの罪に問われると?」

「そうなるな」


 帝、外戚、宦官というキーワードも聞き捨てならないが、一番気になったのは高順という名前である。

 もし推測が正しいなら、高順が殿と呼ぶ相手は限られているはずだが……。


「急ごう。この子の体力が心配だ。高順は先に走ってお湯を沸かしておいてくれ」

「御意」


 恐ろしい狼の遠吠えはもう聞こえなかった。

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