第3話 初めてのお乳

 これは五年後くらいに知った真実なのだが……。


 紅おばさんという女性は、この村では一番の爆乳持ちだった。

 有り体にいうと、お乳を作る能力にかけては地元じゃ負け知らずなのである。


「お願いします、紅おばさん」

「任せときな」


 顔面にでっかい乳房が押しつけられた。

 乳幼児の習性なのか、考えるより先にお口がチュパチュパを開始させる。


「ほう、いい飲みっぷりだね。わたしゃ九人の子供を産んできたけれども、ここまで一心不乱にがっつく子は初めてだよ。生きたいという強い意志を感じるね」


 よく分からないが、褒められてしまった。

「いくらでも飲みなさい」と言われたので、欲望のおもむくままに吸わせてもらうことにする。


 母乳ってほのかに甘くて普通に美味しい。

 いや、天才ミルクメーカー紅おばさんだからこそ、飲み出したら止まらない味を提供してくれるのだろう。


 お乳に舌鼓を打ちつつ、大人たちの会話に耳を傾ける。


「奥様の出産が近いのだろう。お体の具合はどうなの?」

「主人が毎日卵を食べさせてくれますから。お腹の子も順調に育っていますよ」

「あら、愛されているね〜」


 卵の他にも、豆とかキノコとか、栄養のあるものを呂布が毎日買ってくるのだという。

 中々の愛妻家っぷりといえよう。


「産まれてくる子供の名前は決めているのかい?」

「一応は」


 答えたのは呂布だ。


 男の子が生まれたら『青』

 女の子が生まれたら『りん』。

 でも『青』は使ってしまったから、男の子なら『』にする予定らしい。


「楽しみだねぇ。村を挙げてお祝いしないとねぇ。あんたもお兄ちゃんになるんだよ。お父さんに剣の稽古をつけてもらわないとねぇ」

「アッ! アッ!」


 赤ちゃんって何時いつになったら人並みの視力を手に入れるのだろうか。

 うろ覚えだが、ハイハイするまで最低六ヶ月だから、視力を獲得するのも六ヶ月先という気がする。


 よしっ! 一日でも早く成長しよう!

 そのために母乳をたくさん飲まないと!


 二十分くらいチュパチュパしたところで問題が発生。

 ミルクの味が喉を駆け上ってきたのである。

 どうやら胃袋が満タンになったらしい。


「お? お腹いっぱいみたいだね。よしよし、また飲ませてやるからね」


 竹の籠に戻されてしまう。


「私はこれから夕食の支度をしてくるよ。夜にもう一度来るから」


 最後に頭をナデナデされた。

 ごちそうさまの意味を込めて「アッ! アッ!」と鳴いておく。


「紅おばさん、これを持って帰ってください」

「いいのかい。貴重な豚肉じゃないか。奥様のために買ってきたのだろう」

「多めに買ってますから。塩漬け肉なので日持ちします」


 紅おばさんは何回も渋っていたが、とうとう根負けして豚肉を持って帰っていく。

 この時代、お肉は貴重なはずだから、呂布の家はまあまあ余裕がありそうだ。


「お乳を飲んだせいか、顔色がかなり良くなったな」

「ものすごい勢いで飲んでいましたからね」

「将来、大きな体に育つかもしれない」


 両親から期待の言葉をもらえたのが嬉しくて、犬みたいに嬉ションしてしまった。


「こいつ、また漏らしやがった」


 呂布が大笑いしたのは言うまでもない。

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