第95話 一陣の風となる

 決戦の朝になった。

 武将たちが続々と布陣していく。


「青はどう思う?」


 呂布の視線の先には華雄隊がいる。


「私も一晩考えました。もしかしたら華雄殿は死ぬ気かもしれません」


 実績のある華雄が死んだ場合、味方の士気は折れるどころか、仇討ちのため一気に燃えるだろう。


「勝っても良し。負けても良し。それが華雄殿の頭にあるのではないでしょうか」

「俺の考えは違うぞ、青」


 冷たい風が草を揺らした。


「華雄殿は勝つ気だ。昨夜はそんな目をしていた。仲間が増えた。敵も強くなった。自分も負けていないという意地を感じた」

「でしょうか」


 呂布が言うなら本当だろうな、という気がする。


「あと青に一つ助言だ。勝っても良し。負けても良し。それを思いつくほど華雄殿は複雑にものを考えない」

「うっ……」

「青は頭が良い。視野だって広い。でも周りの人間も同じだけ世界が見えているわけじゃない」

「おっしゃる通りです」


 一つ肩を叩かれる。


「俺が何かを伝えられるのも今回の戦が最後かもな。これからは青が成長するというより、周りを成長させる側になるだろう」


 去っていく父の背中に向かって頭を下げた。


 ……。

 …………。


 呂青は布陣した。


 与えられているのは遊撃隊の三千騎。

 五百騎ごとに隊長がいて、散ったり集まったり呂青の指示一つで動く。


 戦場全体を俯瞰ふかんする。

 その能力は張遼から叩き込まれている。


「もうすぐ開戦だ。あまり多くは語らないが……」


 兵士の中には十年前から知っている顔もある。

 新米だった男が百人隊長に出世している。


「家族のため戦おう。友人のために戦おう。小難しいことは考えなくていい。戦え。生きろ。大怪我したら逃げろ。絶体絶命になったら死体のフリしろ」


 小さな笑いが起こった。

 それもピタリと止む。


 旗が揺れる。

 真っ赤な龍の旗だ。


 紅龍旗。


 劉協が今回の戦のために用意してくれた。

 それが呂布の真横で堂々とはためいている。


 劉協の想いが詰まっている。

 文官たちの想いも詰まっている。

 長安の人々の想いも詰まっている。


 敵の斥候が動いていた。

 こちらが騒がしいので理由を探しているらしい。


 袁紹は今、ものすごく巨大なものを相手にしている。

 漢王朝四百年の歴史であり、これまで死んでいった人々の無念だ。


 理不尽の少ない世界で暮らしたい。

 それが呂布軍を強くさせ、冀州の地までやってこさせた。


「開戦だ!」


 一気に双方の軍が動いた。


 劉備と馬超がぶつかる。

 曹操と孫策がぶつかる。


 呂青たちも一陣の風となった。


 ふと横を見る。

 顔良隊に突っ込んでいく華雄の姿があった。

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