第82話 死んだ者への手向け

 五万人の反乱が起きたにしては、全体の死者数は驚くほど少なかった。

 大半が樊稠と張済の兵士で、怪我したのは韓遂の兵士が多かった。


 簡単な取り調べの後、張繍は許された。

 張済の軍勢を引き継いだから昇進といえた。


 死が惜しまれる者もいた。

 その一人が李儒だった。


 長安に雪崩れ込んだ樊稠と張済は、董卓の知恵袋だった男を生け捕りにした。


『劉協の居場所を教えろ。俺たちが王允を殺せば、富も官位も思いのままだ』


 李儒は従うフリをした。

 つまり偽の居場所を教えた。


 李儒を信じたせいで二人は時間をロスした。

 その隙に劉協は難を逃れている。


 樊稠と張済は怒り狂った。

 拷問にかけて口を割らせようとしたが、李儒は斬り刻まれて死んでしまった。


 その死体が発見された時、あまりのむごさに廷臣たちは顔を背けた。

 しかし劉協だけは冷たくなった李儒の手を握って落涙した。


「どうしよう、呂青。李儒が死んでしまった。その忠烈ぶりを称えたところで死人が蘇るわけじゃない。朕には亡骸を手厚く葬ることしかできない」

「善政を敷いてください、陛下。死んだ李儒への手向けとなりましょう」


 李儒の官位はその長子に受け継がれた。

 かつて弑逆の罪で裁判にかけられそうになった男は忠臣として人生を全うした。


 後日、李儒の死を知らされた呂布は、


「李儒は烈士だな。己を知る者のために死んだ。剣を持たぬ者が歴史を変えた」


 といって遺族に私財を送った。


 ……。

 …………。


 ほの暗い目をした男だと思った。

 張済軍の部将だった男で、名を賈詡かくという。


 取り調べ中である。

 対象リストの中に賈詡の名前があったので、呂青も同席させてもらった。


「樊稠や張済の謀叛を前もって知っていたのか?」

「知らされたのは直前です。しかし二人に違和感がありました」

「違和感?」

「近頃、思い悩んでいる様子でした」


 賈詡のしゃべり方には抑揚がなく、一切の感情が伝わってこない。


「袁紹や曹操の間者と接触していたことは?」

「私は何も知りません」


 樊稠には袁紹が、張済には曹操が、別々のルートで接近していた。


「死んだ樊稠や張済の家から書簡が見つかった。二人は独立王国を築く予定だった」

「無理でしょう。董卓ですら失敗したのです」

「張済は元上官だろう。冷たくないか」

「成り行きですから」


 張繍の背中を押したのは賈詡である。

 今回のクーデターが失敗に終わることを予見して、


『事が起こってしまった以上、二人を殺すしかありません。ただでさえ涼州兵の信用は地に堕ちています。朝廷の戦力が充実している昨今、五万人が処刑されても不思議はないです。命を救えるのは将軍お一人だけです』


 といって暗に脅した。

 舌一枚で五万人を救った賈詡も大した男だろう。


「賈詡殿から見て、張繍殿の実力はどう評価する?」

「勇気があります。兵士の心も掌握しています。呂布将軍のような派手さはありませんが、敵に回したら厄介な将という印象です。少なくとも私なんかより漢王朝に貢献するでしょう」


 取り調べは終わった。

 後日、賈詡には執金吾しつきんご(都の治安を司る役職)の官位が与えられた。

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