第97話 恩返しの一騎討ち

 顔良の討死にいち早く反応したのは弟分の文醜だった。

 騎兵ばかりを率いて華雄にトドメを刺そうとした。


「文醜隊を足止めしろ! 華雄殿を討たせるな!」


 地鳴りのような音が迫ってくる。

 呂青はハッとして振り向いた。


 呂布の本隊だった。

 先頭には画戟を構えた呂布がいる。


 知っている。

 本隊が動くのは戦況を大きく左右する時。

 ここぞというタイミングで敵軍に大打撃を与える。


 大将軍の嗅覚が反応したのだろう。

 ここで攻めれば百パーセント勝てると。


 美しい進軍だった。

 千騎が一糸乱れることなく動いている。

 鍛えてきた時間の長さが一目で伝わってくる。


 呂布隊は文醜隊に突っ込んだ。

 相手を真っ二つにして、すぐに引き返してくる。


 戦場が一瞬、時間を止めたようになる。

 呂布が持ち上げた画戟の先には文醜の首が刺さっている。


 顔良が死んだ。

 一刻もしない内に文醜も死んだ。


 ありえないことが起こった。

 袁紹はもっと信じられないだろう。


 雲の割れ目から陽光が注ぎ、呂布の鎧を明るく照らした。


 ……。

 …………。


 最初に崩れたのは劉備軍だった。

 いくら将が優秀でも借りた兵では限界があるらしい。


 最初は一人が逃げた。

 それを見ていた十人が逃げた。

 張飛は大激怒したのだが、まったくの逆効果で百人が逃げた。


 去っていく敵兵を馬超が無視したから脱走兵は増加の一途をたどっている。


 孫策と曹操の戦いも形勢が傾きつつあった。

 曹操軍の歩兵隊を率いている夏侯惇が負傷したのである。


 原因は太史慈の弓矢だった。

 それが右目に刺さったのである。


 夏侯惇は勇猛なので隻眼のまま戦闘継続したのだが、ダメージを隠しきれるはずもなく孫策に押されている。


「劉備が逃げた! 我々が追うぞ!」


 遊撃隊をまとめて山道に入った。

 劉備は生け捕りにしたい敵将の一人だ。


 敗残兵に追いついた。

 呂青を見るなり逃げ出した。


「若殿、道が二手に分かれております!」

「参ったな……」


 人や馬の足跡はどちらにも残っている。

 他の手がかりを探そうとした時、白馬が視界に映った。


「お前たちはここに残れ」


 呂青は一騎で進んだ。


「白竜は元気ですか?」


 すると敵将は目を丸くした。


「まさか呂青殿か?」

「お久しぶりです。并州以来です」

「大きくなられた。ああ、白竜は元気だ。あの時より歳を食ったがな」


 趙雲はそういって愛馬の首筋をなでる。


 ちょっと老けた。

 あの日の趙雲は若武者という感じだった。

 今では貫禄のオーラをまとっている。


 そして当時より小さい。

 いや、呂青が大きくなった。


「趙雲殿に槍の技を伝授してもらいました。そのお陰で何度か命を拾いました」

「いやいや、命を拾ったのは呂青殿の鍛錬の成果だろう」

「そうかもしれません。今なら良い勝負ができます」

「なるほど」


 趙雲の槍が唸りを上げる。


「この趙雲もあの時より強くなっている」

「まだ馬上槍は無敗ですか?」

「そうだ。関張の二名には負けるが、彼らは仲間だからな」


 呂青も槍を構えた。

 部下の一人が弓に矢をつがえたが「その必要はない」と告げておいた。

 趙雲とはフェアな勝負がしたい。


「いざ、尋常に!」

「勝負だ!」


 二十年生きてきた成果を趙雲にぶつける。

 これは恩返しの一騎討ちだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る