第98話 天下無双の称号

 趙雲の馬上槍。

 それを目標にしてきた。

 この人に勝利したら強さの意味が分かると思っていた。


「行きます」


 槍をコンパクトに構える。

 全身からムダな力を抜き、肺の空気をゆっくりと吐く。


 まず呂青が突きかかった。

 七割くらいのパワーだ。


 趙雲は軽くいなしてしまう。

 もっと本気で来い、と槍で誘ってくる。


 上等だと思った。

 連続の突きを放つ。

 一段目をわざと短くすることで、二段目が伸びるのである。


 何人も敵将を仕留めてきた。

 しかし趙雲には通用しない。


「俺が教えた技だ。効かんぞ」

「ええ、知っています」


 突きは三段ある。

 趙雲の顔色が変わった。


「ほう……」


 ガツンと金属音がして刃先が趙雲の鎧をかすめる。


「俺の技が進化している」


 そういう趙雲は楽しそうに笑った。


「勝手に改良しました」

「さすが呂青殿だ。ならば俺も技で応えよう。これは月虹げっこうと名付けている」


 趙雲の穂先がクルクルと円を描いた。

 次の瞬間、鋭い突きが呂青の鎧をかすめる。


 槍が曲がったように見えた。

 ありえない現象だが、呂青のガードを迂回してきた。


 月虹。

 月が作り出す虹のこと。


 技の正体は目の錯覚だろう。

 そう聞くと単純なメカニズムだが、攻略できるかどうかは別次元の問題。


 呂青は視力が良い。

 一秒後のシーンを予測しながら戦う。

 本来ならメリットの先読みが、月虹の前では完全なデメリットに成り下がる。


 穂先のクルクルが始まった。

 予測とは別の角度から攻撃される。

 鎧の上からでも鈍い痛みが走った。


「幻覚に近い技でしょう。実体と虚像が別々に存在します」

「気づいたか。実力者ほどこの技を食らいやすい」


 飛電が低く鳴いた。

 何やってんだ、大将! と叱られた気がした。

 呂青はズレた兜の位置を直す。


 やっぱり趙雲は強い。

 だからこそ超えたい。


「次こそ破ります」

「できるものならやってみろ」


 呂青は一度目を閉じる。

 すぐに開ける。


 穂先を見るのではない。

 趙雲の手元を観察する。


 今だ! と思った。

 金属と金属のぶつかる音がした。


 巻き上げる。

 趙雲の手から槍が消える。


「……参ったな」


 武器を落とした趙雲は降参するように手を上げた。


「俺の負けだ。少し時間をくれ。劉備殿に降伏を促してくる」


 趙雲を乗せた白馬は風のように去っていった。


 ……。

 …………。


 同じ頃。

 中華史上、もっとも壮絶な一騎討ちがおこなわれていた。

 呂布と関羽の対決である。


拙者せっしゃと呂布将軍、どちらが強いのか決めさせてほしい』


 関羽のそんな一言から勝負は始まった。

 つまり呂布は一騎討ちを拒否しなかった。


 両者の打ち合いは五十合に及んだ。

 そして意外な形で決着がついた。


 関羽の馬が骨折したのである。

 関羽はすぐに起き上がったが、大刀を置いて負けを認めた。


『曹操殿に降伏を促してきます。もし失敗した場合、この首を差し出します』


 呂布は頷いた。

 敵将の言葉を信じた上、全軍に攻撃中止を命じた。


 まずは趙雲に説得された劉備が帰順した。

 続いて関羽に説得された曹操が帰順した。


 その後は劉備と曹操が袁紹を説き伏せて、漢王朝に従うことを誓約させた。

 中華の地図から最大の独立勢力が消えた瞬間である。


『天下無双』


 その四文字は呂布の代名詞として有史に刻まれた。

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