第30話 ○×ゲーム

 趙雲の出立する日がやってきた。

 この頃になると呂蓮や呂白も懐いており、趙雲と三人で花を摘みにいくことがあった。


「そうだ。これをあげよう。西涼で手に入れた珍しい石だ」


 趙雲は乳白色の小さな石を少女らの手に置いた。


和田玉ほーたんぎょくだ。あの張騫ちょうけん武帝ぶていに献上したとされる。願いを叶える力があるそうだ」


 呂青も見せてもらった。

 もし本物の和田玉なら、中国四大玉石の中でも最高位とされる激レア宝石だ。


「本当にもらっていいのですか?」


 呂蓮が上目遣いを向ける。


「かまわない。悪党から奪ったやつだ。石に罪はないだろう」


 引っ込み思案な呂蓮も、この日は無邪気に喜んでいた。


「ありがとうございます、趙雲殿」


 呂青は槍の手ほどきを受けたし、呂琳は各地の面白い話を聞かせてもらっている。

 趙雲は一家にたくさんの置き土産を残してくれた。


「馬の準備ができました」


 青年将校が一人やってきた。

 張遼ちょうりょうである。

 呂布軍の中で頭角を現してきている成長株だ。


「奥方も。どうかご達者で」


 呂布、趙雲、張遼の三人が北へ駆けていく。

 一回だけ鮮卑との合戦に参加した後、趙雲は并州から去るらしい。


 人数の減った家は急に静かになった。

 呂白に頼まれたので勉強を教えてあげることにした。


 三姉妹の中でもっとも書物が好きなのは末妹の呂白だった。

 まだ六歳であるが、父の筆を勝手に持ち出して、家の壁に文字を書いたりする。


 呂白は物覚えが良かった。

 難しい字を次から次へと書けるようになり、英姫をびっくりさせた。


「兄上、これを読み聞かせてほしい」

「はいはい」


 チラリと呂琳を見る。

 兄を妹に奪われて少し不服そう。


 暇を持て余した呂琳がうろつき始める。

 笛の練習をしている呂蓮にちょっかいを出して英姫から叱られた。


「趙雲殿がいなくなったら急にやることがなくなった!」

「元に戻っただけでしょうが」


 裁縫している母の背中を呂琳は睨みつける。


「ねぇねぇ、兄上、白! 外で遊ぼうよ〜!」

「どうする、白?」

「じゃあ、姉上たちと外で遊ぶ」

「蓮はどうする?」

「虫が出るから嫌……」


 というわけで三人は庭に降り立つ。


「兄上、何か面白い遊びない⁉︎」

「そうだな……」


 呂青は木の枝を拾う。

 縦線を二つ、横線を二つ書くと、『井』みたいな図ができる。


「これは二人で対戦する遊びだ。どちらかが先に『○』を書く。もう一方が『×』を書く。これを交互に繰り返す。マス目は九つあるだろう。どこに印を書いてもいい。一列に『○』が三つ並ぶか『×』が三つ並ぶか、先にそろえた方が勝ちだ」

「これは『○』の人が有利」


 呂白は目の付け所がいい。


「そうなるな。だから一戦ごとに『○』を持つ側を変えるといい」


 呂琳と呂白を対戦させてみた。

 最初は勝ったり負けたりを繰り返した。


「ちょっと、白、いつまで考えているのよ」

「う〜ん……」


 呂琳が目くじらを立てたかと思えば、


「姉上、いつまで考えているの? もう勝ち目はない」

「ぐぬぬ……」


 呂白も冷ややかな視線を向ける。


 二人は一時間くらい対戦していた。

 案の定というべきか、先にコツをつかんだのは呂白の方で、とうとう呂琳は手も足も出なくなった。


「ああっ! もうっ! 飽きた! やらない!」


 最終的には真っ二つに折った枝を地面に叩きつける。


「姉上、逃げた」

「牧場へ行ってくる!」


 呂青はやれやれと首を振ってから呂琳を追いかけた。

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