第5話 新米ママの悩み

 産まれてきたのは女の子だった。

 呂布夫妻が予定していた通り、呂琳りょりんと名付けられた。


 新しく誕生した命というのは注目の的で、村の人がやってきては「将来、美人に育つでしょうね」と言い残していった。


 当たり前だが、呂琳はよく泣く。

 だから英姫が世話する回数も呂琳の方が多くなる。


 まあ、自分はカッコウの子だしな……。

 そう割り切って妹に母を譲ることにした。


 紅おばさんとは毎日会っている。

 呂青に授乳したり、英姫に育児のイロハを教えるのが楽しくて仕方ない様子である。

 性格が世話焼きなのだろう。


「はい、青ちゃん、お乳の時間ですよ」


 体が成長してきたお陰か、一回に飲めるミルクの量は日々増えている。

 そのことは紅おばさんも気づいており、


「この子は本当によく飲むね。将来は大食らいになるね」


 と笑いながら話していた。


「でも、青はまったく泣かないのです。普通の子と違うのでしょうか?」

「どうだろうねぇ。単に我慢強いだけなのかもねぇ。よく笑っているから、そこまで心配する必要はないだろう」

「主人も同じようなことを言います。泣かないのは強さの証だと」

「あっはっは! 呂布殿らしいねぇ!」


 妹が産まれて一ヶ月くらい過ぎた頃だ。

 呂青が籠の中で「アッ! アッ!」と叫んでいると、呂琳も真似して「アッ! アッ!」と追従してきた。


「アッ! アッ! アッ!」

「アッ! アッ! アッ!」

「アッ! アッ! アッ! アッ! アッ!」

「アッ! アッ! アッ! アッ! アッ!」


 やるな、こいつ。

 発声する回数もぴったり合わせてくる。

 これも声を出す練習だと思い、兄妹で「アッ! アッ!」を連呼する日々が始まった。


 呂布は日中家にいないのだが、我が子の変化にすぐ気づいた。


「最近、青と琳が元気だな。何かあったのか?」

「琳がお兄ちゃんの真似をしているのです。目は見えなくても、兄妹が近くにいると理解しているのでしょう」

「二人で歌っているみたいだ」


 歌といえば、寝る時にいつも英姫が子守唄を歌ってくれた。

 スローテンポの旋律が心地よくて、魔法にかかったみたいに入眠できるのだ。


「何か困っている事はないか?」


 呂布が尋ねる。


「困っている事とは少し違いますが……」


 英姫が歯切れ悪そうに言う。


「どうやら私、お乳の出が悪いみたいで」

「お乳?」


 出産を経験したことで英姫も母乳を出せるようになった。

 とても素晴らしい変化なのだが、問題なのはその中身。


 若いせいか微々たる量しか出ないのである。

 呂青は実際に飲んでいるから知っている。

 味だって紅おばさんの方が何倍も濃い。


「というわけで、琳にお乳を与えるだけで精一杯なのです。引き続き紅おばさんに助けてもらっています」

「そんなことか。心配しなくていい。また肉を仕入れてくるさ。英姫から紅おばさんへお礼として渡せばいい」

「はい……すみません……」


 赤面しながらうつむいているであろう英姫の顔が想像できてしまう。

 呂青たちのママは性格まで可愛い人なのだ。

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