第72話 鶏を裂くのに牛刀は要らない

 袁紹と曹操が同タイミングで兵を動かした。

 間諜からの報告が矢継ぎ早に舞い込んできた。


 やはり袁紹は并州を狙ってきた。


 総勢七万。

 大将は甥の高幹こうかん

 副将として麴義きくぎが付いており、こっちの方が脅威といえた。


 麴義は対騎馬戦のプロフェッショナルだ。

 あの公孫瓚を何回も打ち破っており、呂布の騎馬隊を警戒しての人選だと思われる。


 高幹については分からない点が多い。

 袁紹が才能を愛しているから秘蔵っ子なのだろう。


 一方、曹操が兵を向けた先は徐州の陶謙だった。

 ちょっとした事故があって、陶謙の部下が曹操の父曹嵩そうすうと弟曹徳そうとくを殺しており、その報復のための出兵だった。


 兵力は十五万。

 これは貴重な情報である。


 父親の復讐戦だから精鋭を投入するだろう。

 曹操が自信を持って繰り出せる兵力は十五万ということになる。


 呂布は洛陽方面に軍事基地を築いていた。

 袁紹曹操の攻略を見据えての動きである。


 すぐに軍議が開かれた。


「陶謙から援軍要請が来ています。曹操の拠点であるきょしょうを攻めてほしいと」


 呂青は全員の前で発言する。


 許と洛陽は近い。

 譙と寿春も近い。

 つまり今回の徐州攻めは曹操にとってギリギリの決断となる。


「袁紹の方はどんな様子だ?」


 呂布が言う。


「冀州から兵を発してきました。我らと曹操が争っている隙に并州をかすめ取ってやろうという魂胆でしょう。兵力は七万です。并州全域を制圧するには足りませんから、軍事拠点を作って徐々に長安へ侵攻する気でしょう」


 呂青が答える。


 対曹操と対袁紹。

 この二面作戦について話し合われた。


「分かった。并州には俺が出陣しようと思う。他に意見のある者はいるか?」

「お恐れながら……」


 呂布の発言に対して、呂青が具申する。


「相手は袁紹ではなく高幹なのです。父上の出るべき幕ではありません。鶏を裂くのに牛刀は要りませんから。并州には私が出陣します。父上は洛陽でどっしりと構えて、どこの戦場にも急行できるという圧力を与えてください」

「ほう……」


 最強の呂布が北にも東にも南にも動ける。

 三つの選択肢を残すことは、呂布が三人いるのと同義である。


 袁紹と曹操が一番嫌がるのは『いつ呂布が出陣してくるか分からない』というプレッシャーを浴び続けること。


「父上が洛陽にいる。それだけで相手の作戦を大きく制限できます」


 この場に集まった面々も呂青の意見に賛成した。


「分かった。并州は青に任せる。高順と張遼を与えるから使いこなしてみろ」


 呂青は父に向かって拱手した。




《作者コメント:2022/05/01》

曹操の徐州大虐殺について……。


よく物語では、

『曹嵩が殺された』⇨『曹操が陶謙を攻めた』

となっていますが、史実にある

『曹操と陶謙は前々から争っていた』⇨『その一環で曹嵩が殺された』

が正しそうです。


なので陶謙は意志を持って曹嵩を殺していますし、曹操も曹嵩の死を予見していた気がします。

(生捕りにしようとして間違って曹嵩を殺してしまった可能性はあるかも)


馬超に近いこと(曹操の手元にいる父馬騰を見捨てた)を曹操はやったのかもしれません。


見せしめのために一定の虐殺行為はやったでしょうが、徐州の人間を殺しまくったら徐州の逸材からそっぽを向かれますし、当時の人々がドン引きするような蛮行を曹操が許可したのか怪しいです。


あと曹操は軍規に厳しかった記録があります。

一方、青州兵には甘かったようです。


・曹操と陶謙の対立の一環で曹嵩は殺された

・曹操はそこまで激怒していなかった

(むしろ激怒したとしたら、徐州人や陶謙の抵抗が強くて、陶謙の本拠地を落とせなかった点)

・乱暴狼藉をやったのは青州兵


が真実に近い気もします。

(……という意見を読んで作者も納得しました)


作者としては『すまん、親父、もう六十年くらい生きたんだし、天下のために死んでくれ!』と言いそうなのが曹操のイメージに近いです。


本作では半分事故で曹嵩が死んだことにしています。

考察を書き出したらキリがないのでこの辺で……。

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