第15話 黄巾の乱

 十歳になった。

 この日は呂青、呂琳、高順の三人で街までやってきた。


「このかんざし、可愛いな〜。蓮に買ってあげようかな〜」


 市場のところで呂琳が目移りしている。


「兄上はどう思う?」

「蓮のためと言いつつ、琳が欲しいだけじゃないのか?」

「違うもん! 今回はちゃんと蓮にあげるもん!」

「今回は……ね」


 店頭には色とりどりのアクセサリーが並んでいる。

 呂青は色違いの簪を手に取った。


「二本買ったらいい。好きな方の色を蓮に選ばせるのはどうだろうか」

「買っちゃっていいの⁉︎」

「自分たちで稼いだお金だ。本当に欲しい物は買うべきだろう」

「やった!」


 いつも利用している店なので、若干値引きしてもらった。


「また食べ物の値段が上がったよ」


 そう言う店主の顔には諦めの色がにじんでいる。


「十分な食料が流れてこないのですか?」


 呂青が返す。


「それもある。あと質の悪い貨幣がたくさん流通している。質の良い貨幣は一部の金持ちが独占しているんだ。お金の価値なんて以前の半分しかない」


 銅貨のクオリティは年々落ちていく一方だった。

 人々が信じられるのは現物ということになり、物々交換の時代に回帰しつつある。


「いつか政治が良くなると良いですね」

「今の皇帝様じゃ無理だろうな。でも、二人の太子様には期待できるかもね」


 二人の太子というのは劉辯りゅうべん劉協りゅうきょうのことだ。

 年齢は劉辯が五つ上である。


 呂青たちの書籍複製ビジネスはそこそこ順調だった。

 高順の知り合いに古物商を営んでいる人がおり『売上の三十パーセントを渡す』ことを条件に販売スペースを貸してもらっている。


 この店を選んだのは立地が良かったから。

 店主としては何もしなくも売上の三十パーセントを徴収できるから、呂青たちが持ってきた書物が売れやすいよう、見えやすい場所に並べてくれた。


 中々買い手が見つからない書物は値下げすることもあった。

 立地が恵まれているのと、店主が協力的なこともあり、大半は予定の価格で売れている。


 二本の簪を手に入れてホクホク顔の呂琳が急に立ち止まった。


「そうだ。はくにも何か買っていこうかな。何がいいと思う?」

「音の出る物がいいのではないか。鈴なんかどうだろう」

「じゃあ、鈴にしよっと」


 白というのは一番下の妹だ。

 去年に産まれて、今年二歳になる。


 長女の呂琳が十歳、次女の呂蓮が六歳、末女の呂白が二歳。

 地元じゃ有名な美人三姉妹と呼ばれる日が来るかもしれない。


「何やら向こうが騒がしいですな」


 ずっと黙っていた高順の顔つきが険しくなる。


「事件だろうか?」

「泥棒が捕吏ほりに取り押さえられたのかもしれません」


 大きな通りの方へ向かってみた。

 人々の喧騒に混じって、鎧のこすれる音がする。

 どうやら兵が動いたらしい。


「来たぞ」

「あれが賊だとよ」

「どっからどう見ても農民じゃねえか」


 人と人の隙間から首を伸ばしてみる。


 三人の男が後ろ手を縛られていた。

 全身の衣服がボロボロで、虐待を受けたような痕が目立った。


 馬上の武人が一人おり、縄の先端を握っている。

 呂青の知らない顔だが、高位の役人だろうか。


 付き従っている歩兵が約三十。

 返り血を浴びている者や、負傷している者もいるから、小規模の戦闘が行われたことを物語っていた。


 三人の俘虜ふりょは広間のど真ん中でひざまずくことを強要された。

 一人の兵士が体を押さえて、もう一人の兵士が剣を抜く。


「この者たちは太平道たいへいどうの信徒だ! 徒党を組み、帝に叛旗はんきひるがえそうとした! 国法にのっとりこの場で処断する!」


 呂青は「見るな!」と言って呂琳の視界を隠した。

 すぐに剣が振り下ろされて、三つの首が地面を転がった。


 彼らは処刑される寸前、大衆に向けてとあるメッセージを叫んだ。


蒼天そうてんすでに死す! 黄天こうてんまさに立つべし!』


 中平ちゅうへい元年(百八十四年)。

 黄巾こうきんの乱の勃発である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る