第57話 互いの剣に聞いてみよう

 人を殺しすぎた者は繁栄しない。

 歴史のルールが董卓を粉砕しようとしていた。


 詔が王允の手元に届いた。

 季節の挨拶にかこつけて王允自ら呂布に手渡した。


『しばらく屋敷から出るな。長安が騒がしくなる』


 呂布は妻子にそう告げた。


 屋敷の守りには千里隊と順風隊の四十名をつけた。

 万が一に備えて東にも南にも逃走ルートを確保してある。


 董卓から呼び出しがあった。

 呂青は一人で足を運んだ。


「陛下が快癒されたようです」

「ふん、あの孩子ガキ、生き延びたか」


 劉協の容態がかなり悪い、という噂を流していた。

 董卓としては手中から帝位がこぼれ落ちた気分だろう。


「陛下が太師たいしに会いたがっております」


 董卓の官位は相国から太師にアップグレードしている。


「中々愛嬌があるではないか。どんな用件だと思う?」

「後事を託す気になったのかもしれません。あるいは皇后として董白様を迎えたいのかもしれません」

「皇后の冊立か。考えたな、劉協。確かに白が次の皇帝を産んだら、俺も手を出しにくくなる。白は血や争いを好まぬからな……」


 董卓は膝を叩いてから席を立つ。


「分かった。劉協に会いに行こう。しかし暗殺が心配だ。護衛として呂布を連れていく」

「父に伝えておきます」


 呂青は素知らぬ顔で引き下がった。


 未央宮びおうきゅうへ向かったのは約四十名。

 董卓は天蓋てんがいのついた馬車に乗っており、その周りを呂布、李粛らが固めている。


 随行しているメンバーの中に董旻とうびん董璜とうこうの顔もあった。

 前者は董卓の弟で、後者は董卓の甥である。


 いつもより宮殿が静かである。

 そんな異変に気づかないほど董卓は油断しきっている。


「どうした? なぜ馬車が進まぬ?」

「門が開かないようです」


 董璜が困惑しつつ答える。


「誰の管轄なのだ。俺が叱りつけてくる」


 そういって歩き出した董旻の肩を李粛がつかんだ。


「その必要はないぞ、董旻殿。あの門は俺の管轄なのだ」

「ッ……⁉︎」


 斬撃一閃。

 董旻の首がころりと落ちた。


 呂青も抜剣した。

 背後から董璜を貫き、心臓を真っ二つにしておいた。


「呂布! 裏切ったな!」


 董卓が馬車から降りてくる。

 その手には反りのある大きな剣が握られている。


「詔が出た。逆賊董卓とその一味を討てとのことだ」


 呂布が皇帝直筆の詔書を突きつける。


「父親殺しの分際で! さらに主君を殺すか⁉︎」

「お前に仕えた覚えはない」


 呂布はゆっくりと剣を抜いた。

 三年前に丁原から託されて、その首を討った一振りである。

 呂布が時々剣を研いでいたのを呂青は知っている。


「俺の主君は今も昔も丁原であり陛下である。この一点だけは何者にも変えさせない」

「ふざけるのも大概にしろ! 丁原も漢王室も亡霊だ! 歴史の敗者だろう!」

「だったら互いの剣に聞いてみよう。誰が亡霊なのかを」


 勝負はほぼ一瞬だった。


 呂布と董卓の斬撃が交差する。

 甲高い金属音が響いて董卓の剣が真っ二つに折れたのだ。


 呂布は両手で剣を振り下ろす。

 渾身の一撃は鎧ごと董卓の体を裂いていた。


 ものすごい量の血が石畳に広がる。

 地面に伏した董卓の口からポコポコと泡が立つ。


 カチャン。

 折れた剣の半分がようやく落ちてきた。


「俺は……皇帝になる……男だ……。この世がダメなら……あの世の帝位をもぎ取るまで……」


 血と闘争に生きてきた男は死の淵にあっても執念の火種を絶やさなかった。

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