魔戦士ウォルター8

「今日の戦場も悪くはなかった」

 エルフの相棒、エスケリグはウォルターが数えるところによると既に二十の戦場は経験した。大なり小なり、種族間、異種族間の戦を。

 彼の剣術は冴え渡っていた。だが特筆すべきはやはりエルフ、弓術だった。

 エスケリグはウォルターに弓の使い方を教えてくれた。

 そうか。これはエルフの、エスケリグとの記憶なんだな。

 ならばこれは夢だ。

 だが、久しい友と呼べる男の夢だ。

 結末は知っているが見て見よう。

「エルフも意外と野蛮なんだな」

「そうらしい」

 エスケリグが端麗な顔で応じた。

「何故、そんなに戦場に行きたがる」

「それは、俺も戦でしか食うすべを知らないからだ」

 世俗から離れ、半ば隠遁しているようなエルフ族らしからぬ答えだった。だが、エスケリグは本当のことを言っている。そして彼が隠し事をしていることもウォルターは知っていた。

「そろそろお前の剣は寿命だろう。買い替えろ」

「あ、ああ、うん、そうだな」

 エスケリグは酒場のカウンター席でエールをあおった。

 隣でウォルターは言うべきか迷っていた。

 エスケリグは傭兵の報酬の殆どをこの町の孤児院に寄付していた。

 ただでしているわけではない。そこの人間の若いシスターに恋慕していたのだ。人の後をつけるような真似はしたくなかったが、エスケリグには命を捨てるような危なっかしい戦い方が時にみられ、ウォルターは冷や冷やしていた。

 だが、彼は命懸けで戦場に挑み続ける。愛する人のために。

「エスケリグ、焦るなよ。エルフだって命は一度きりだ」

「分かってるウォルター。俺、少し出掛けてくる。店主、御馳走様。お金置いとくよ」

 カウンターに銅貨を置いてエスケリグは外へ出て行った。

 シスターに会いに行ったのだろう。

 ウォルターは深酒を止めて、彼もまた気晴らしに外に出た。



 二



 この町は人間の町だった。

 里とは違う賑やかさだ。

 だが、それを奪おうとオーク族が幾度も侵略してくる。

 ウォルターとエスケリグは防衛に雇われ、他の傭兵達と共にオークと戦った。

 オーガーと同じ戦闘民族の血が濃いオークは豚のような顔のわりに節度を持っていた。

 だが、そんな節度も新たな欲には耐えられなかったのだろう。次々生まれ、繁栄してゆくには現状の里では小さすぎたのだ。だからこそ、町を奪いに来た。五百人の傭兵でどうにか、オーク戦士の猛攻を凌いでいる。

 そしてまた近いうちに戦は始まった。

 原野で睨み合う五百の傭兵と、約三百のオークの侵略者。

 すると、敵陣から一騎が駆けて来た。

「人間どもよ! ワシの一騎討ちに応じる胆力のある奴はおらぬか!?」

 打てば響くようにウォルターの脇からエスケリグが進み出る。

「その勝負、俺が相手になるぞ! 大将、報酬は追加でいただくからな!」

「おい、エスケリグ!」

「心配いらないよ、ウォルター。行って来る」

 敵も味方も誰もが徒歩だった。

 エスケリグは風の魔術で己の速度を上げると、あっという間にオークの前に姿を見せた。

「あっ!」

 その速さに敵も味方も驚いた。

「エルフか!?」

「そう、エルフさ!」

 両者の武器がぶつかり合う。

 エスケリグの腕は細腕だが筋力があった。

 オークも負けじと打ち返す。

 だが、エスケリグの巧みな剣捌きに、大柄なオークがついてこれなくなる。

 勝負はついた。

 エスケリグの剣がオークの首を刎ねていた。

「俺の勝利だ!」

 エスケリグが声を上げる。

「よし、この勝利に乗れ! 攻めかかれ!」

 こちら側の大将が声を上げる。

 かくして、原野には地鳴りと人の咆哮が上がり、遅れてオークの声も轟いた。

 ウォルターにとっての誤算は、この状態で魔術を使うと味方まで巻き込んでしまうことだった。まだまだ魔術師が希少な時代だ。物語でしか知らない者達もいる。それはこちらの大将を含め、皆がそうだった。

 だが、魔術を見せれば頼りにされるだろう。瓶薬を限界まで飲み干し続け、ただひたすら魔術を発する投石器のような役目を押し付けられるだろう。それでは報酬の割に合わない。

 ウォルターも駆けていた。

「うおおおっ!」

 オークが剣を振るう。

 ウォルターはその一撃を斧で防いだ。

「地道に殺して回るしかないな」

「何だと?」

「何でもねぇよ!」

 オークの剣を弾き返し、大振りに斧を振るう。分厚い刃はオークの首を刎ねた。

 血煙が上がる。

「さすがだな、ウォルター」

 エスケリグがこちらは既に三人も斃していた。

 ウォルターは思った。武術だけで言えば、このエルフは俺を超えている。と。

「さぁさぁ、どんどん来い! この旋風エスケリグがあの世へ案内してやるぜ!」

 いっちょ前に言うようになったな。

 彼の声を聴きつつウォルターは斧を振るい、オークと対峙する。

 徐々に人間側がオークを押し始める。

 この戦はもらったな。

 ウォルターがそう思った時だった。

「狼牙、危ない!」

 誰かの声がしウォルターは驚いていた。首を刎ねずに殺したと思ったオーク達が、腸がはみ出ながらも一挙に立ち上がり、ウォルターを囲んだ。

「ちいっ!」

「ウォルター!」

 エスケリグが割って入って来た。

「首を刎ねないなんてらしくないぞ、ウォルター!」

 エスケリグは剣を振るった。

 膂力を乗せた一撃がぶつかり合った。

 エスケリグは一人の首を刎ねた。

 だが、儚い音を立てて彼の剣は圧し折れた。

「エスケリグ!」

 ウォルターはもう一人の相手をしていた。

 エスケリグは終わりかと思った。

「心配ない、ウォルター」

 エスケリグはそう言うと、身を屈め跳躍しオークの背後に回り込み羽交い絞めにした。

「そんなことにして何になる!」

 オークが言った。

 だがその時、鈍い音が響いた。

「ぐわあっ!?」

 羽交い絞めにされていたオークが叫びを漏らす。

 腕が折られていた。

 そしてエスケリグは滑り落ちたオークの剣を拾い上げて颯爽と首を刎ねた。

 ちっ、何て力だ。オークの骨を折るだと。エルフには思えねぇぜ。

 ウォルターは瞠目していた。

「前!」

 エスケリグが言った。

 ウォルターが向き直るとオークが斬りかかって来た。

 ウォルターは一合、二合、辛うじて受け止め、三合目でオークの首を刎ねた。

 その時、撤退のラッパが鳴らされた。

 逃げ行くオーク達、大将が追撃を命じる。

 傭兵達は走ったが、ウォルターとエスケリグはそこに残っていた。

「今日も二人とも無事だった。ウォルターは危なかったけど」

「それはお前もだろうが。剣を買い替えろと俺は言ったはずだぞ。その金は孤児院のシスターに送ったんだな?」

 するとエスケリグは爽やかに笑った。

「お見通しだったか。だったら話は早い」

「何だ?」

 エスケリグは表情を真面目なものに変えた。

「俺はもうお前と流れてはいけない。ここでやりたいこと、愛する人を見付けたんだ」

 ウォルターはその言葉を聴いて、自分がいかにエスケリグに信を置き、心を開いていたのかを知った。彼がいなくなるという憎悪と共に。だが、そんな黒い感情は一瞬だけだった。

 自分の一生を決めるのは外ならぬ自分だ。

「分かった。あばよ、エスケリグ」

「ああ。さようならウォルター」

 すると急激に場面が揺らめき、見えなくなった。

 ウォルターは目を覚ました。

 朝日が青々とした草地を照らす。

 そこには既に消えていた焚火があった。

 やはり全て夢だった。

 エスケリグ。あのエルフは今頃何をやっているのだろうか。

 ウォルターはそう思い、青い空を見つめ返したのだった。

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