魔戦士ウォルター3
この山脈は一度来たことがある。
眩い太陽、それに照らされる地肌の道に木々、目指すは山の中腹。
ウォルターは歩み続けた。
脳裏を過ぎるのは異形だった。
人とも違う、エルフでも、ドワーフでも無い。
おおよそ惚れる相手としては人の本能は動かないだろう。
そんな相手だ。
だが、俺はこうしてここに歩んで来ている。
「何の用だ!」
共通語が響き渡り、周囲の木々を揺らめかせ、重たい羽音が幾つも木霊する。
上空に現れた影にウォルターは手を振った。
「久しぶりだな、ハーピィ族。俺だ、ウォルターだ」
近づいてくる異形。
脚はあるが、足先には屈強なかぎ爪がある。手は無いがその代わりにそこから羽毛に包まれた両翼が生えている。
身体もまた羽毛に覆われているが、左右の膨らみは丸出しだった。
顔は人間の若い女を思わせるが、牙が生え揃い、目玉は白一色だった。そんな奴らだが、羽毛の色はバラバラだった。
「お前はアッシュ! アッシュが来た!」
アッシュ。ハーピィ語で孤独いや、孤高の意味だ。
俺はそんなに誇り高くは無いのだがな。
ハーピィ達は地面に下りた。
どれも同じ顔に見える。
「どうだ、平和か?」
するとハーピィ達の荒れ狂った顔が沈痛な面持ちをした。
「残念ながら平和ではない。我らの羽毛を目当てに狩人どもがやってくる。何人かがやられた」
「イーシャはいるか?」
沈黙の中ウォルターは尋ねた。
「いる。運んでやる、人間」
「そうかい、そりゃ助かる」
ハーピィが三人がかりでウォルターの腕と肩を脚で掴んだ。
残りは一人が荷物を受け持ち、後は護衛するかのように周囲に展開した。
二
「イーシャ、アッシュだ」
太い木の上に向かってハーピィが言う。
すると、影が降り立った。
ああ、彼女だ。
ウォルターは頷いた。
「ウォルター、来てくれたのか?」
イーシャは若い声をしていた。ハーピィ族は強い者が長になる。イーシャは長だった。
ハーピィ達と区別はつかないが、頬に剣の傷がある。身体と両の翼は真っ赤な羽毛に包まれていた。
「退屈してたんでね。だが、物騒なことが起きてるらしいじゃねぇか」
するとイーシャはウォルターの懐に飛び込み、両翼を腕のようにして抱きしめた。
「この時期にお前が来るとは僥倖。助けて欲しい」
「何なりと」
ウォルターが言うとイーシャの目が輝いた。
その熱を帯びた目がウォルターの身体を荒ぶる炎のようにさせる。理性が歯止めを利かせ、自制しているが、この鎖が切れた時、俺は彼女を抱きしめ返し愛撫するだろう。
「我らの羽毛に目を付けた残虐で欲深い者どもが最近、来るようになった。平たい弓で次々我らを殺す」
イーシャが言った。
「石弓だな。弓より強力な武器だが、装填に時間が掛かる。まぁ、そんなことしなくたって俺がいれば大丈夫だ。安心しな」
ウォルターが言うとイーシャは目を見開き、ウォルターの胸に顔を押し付けた。
「ありがとう、ウォルター。気高きアッシュ」
その日はお祭り騒ぎとなった。
だが、ハーピィ達は獲物を脚で押さえ、生のまま齧りついている。
ウォルターはもらったウサギを解体して、串に差して焼いている。
ハーピィ族が集結し、そこは賑やかになった。
「ウォルター、来て欲しい」
宴の最中、イーシャがこっそり近づいてきて言った。
「何だ?」
ウォルターは誘われるまま宴の灯りを背にし、森の中へ進んで行った。
どれぐらい進んだだろうか。
イーシャが立ち止まった。
「気高きアッシュ。ウォルター、私はお前の卵が欲しい」
「差別的に聞こえたら悪いが、お前達は一人で子孫を残せるだろう?」
「それでは駄目だ! 里を、この地を守るために勇猛な血を受け継いだ後継者が必要だ」
「俺は……」
「お願い、気高きアッシュ。私の愛を受け入れて」
月明かりが双眸から流れる涙を反射する。
ウォルターの心は正直だった。ハーピィの中でも、いや、世界中の誰よりもイーシャを愛していた。それ以外に愛するという感情を覚えた事は無い。
「少々荒っぽいが、良いな?」
「うん」
イーシャが両翼を広げる。
この晩、ウォルターは愛し愛されることを選んだ。
三
「ひいいっ!?」
エルフの狩人が端正な顔も台無し程に引きつらせ、腰を抜かしている。
対峙するのはウォルター、空には幾十の復讐に燃えるハーピィ族達。
石弓の装填に時間が掛かることなど関係なしに、ウォルターは突っ走った。
まずは斧でコボルトの狩人の頭を割り、残りは爆炎で跡形もなく吹き飛ばした。ただ一人、ドワーフだけが逃亡して行った。別のハーピィー部隊が追走している。
「た、助けてくれ、人間、お前だけが頼りだ」
エルフは言った。
「お前の所有権は俺には無い。彼女達が相応しい裁きを下すだろう」
ウォルターが振り返って頷くと、イーシャが頷いた。
「そいつの両腕、両足、頭をもぎ取れ」
イーシャの非情な命令に、正気に返ったエルフは立ち上がり、背を向けて逃走を始めた。
「逃がすな! 仲間の仇だ!」
イーシャの声にハーピィー達が空を飛び、やがて影になったエルフを掴み上げた。
そうして空中で両腕、両足、頭を、脚が引っ張られて行く。
「ありがとう、ウォルター」
イーシャが下りてきて礼を述べると、自らの羽毛に包まれたお腹の辺りに手を置いて微笑んだ。
「ここに気高きアッシュの血を感じる」
「良いんだな、俺はまた自由な旅を続けるぞ」
「分かっている。お前はアッシュだからな。だけど、その内戻って来てくれるのだろう?」
「お前のことが好きだからな」
ウォルターが言うと、イーシャは頷いた。
「私も愛している」
二人は顔を近付けて口づけをした。
残ったハーピィー達が微笑ましそうにこちらを見ている。
「じゃあな」
ウォルターは歩き出した。
「さらば、気高きアッシュ! ウォルター!」
イーシャの声が聴こえる。
振り返って手を振ると相手は翼で返事をした。
いつになるか分からねぇが必ず戻って来る。
ウォルターはそうして再び旅へと流れて行ったのだった。
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