魔戦士ウォルター4
どこの里も訪れたが、人間の里ほど酷いものはない。
森深き場所。おそらく傍らで眠るハーピィーしか道を知らないこの場所で二人は交わった。
傍らのイーシャは既に眠りについている。
炎のように赤い頭髪、羽毛、毛羽、それを見るとウォルターはつい、思い出してしまう。
それが、人の里ほど酷いものはない。という彼の考えに一役買っていた。
窓から剥き出しの通りを照らす煌々とした灯りに、そこから漏れる幾人もの男のヤジ。
そんなところに立ち寄ったのは飯が食いたかったからだ。
扉を開ける。
「次は脚だ。脚を狙え、顔は最後だ!」
「やれ、やっちまえ!」
そんな言葉が飛び込んで来た。
見慣れた光景だ。人ほど残虐なものはない。
壁に磔にされた亜人。それに向かってナイフを投げる酔っ払い達。そんな様子を見ながら、調子を合わせる娼婦は頃合いを見計らって男を抱き込もうとしているのだろう。
「いらっしゃい、何にする?」
カウンターで店の主が言った。
「肉とパン、水だ」
ウォルターは席に着く。
流れ流れて戦場へ身を置いていた彼だが、蓄えもでき、今は流浪の旅人だ。
「おおい、隣のコボルトは失神しちまったぞ」
「何だ、つまらねぇ」
不快な遊戯だ。
顔を向けるつもりは無かったが見てしまう。
小ぶりな投げナイフを手にした酔っ払い達にギャラリー、その先にある壁に磔にされていたのはゴブリンとコボルト、そして真っ赤な羽毛、毛羽に身を包んだハーピィだった。
ゴブリンは一番最初の玩具だったのだろう。
全身から血を流し、極めつけの一発は眉間を割っていた。もう死んでいる。
隣にいるコボルトは痙攣していた。
ハーピィの方は手の代わりに生えている両翼をナイフで貫かれ壁に縫い付けられていた。
「おら、可愛い声で鳴けよ、化け物」
男がナイフを投げる。
ハーピィの顔の脇に突き立ったが、ハーピィの方は身動ぎ一つしなかった。
「つまらねぇな。やっぱり脚からいくか」
男がナイフを構えた時、ウォルターは立ち上がりその手を掴んでいた。
うんざりだった。これ以上、人間の恥をさらされることに耐え切れなかった。
「何しやがる、放しやがれ」
男が言うが、ウォルターは握った左手に力をこめた。
「うががががっ! 痛い、折れる! 痛い、痛い! 止めてくれ!」
「こいつらが、そう言った時、お前達はそれでも止めなかったんだろう」
そして聴くもおぞましい音が木霊した。
骨が折れたのだ。
「ウギャアアッ!」
ウォルターが手を放すと男は腕を押さえて涙と鼻水を流してへたり込んだ。
「いてぇ、いてぇよぉ」
すると場の空気が変わるのをウォルターは感じた。
剥き出しの幾つもの殺気が支配する。
「おい、俺の店でトラブルを起こすのは勘弁してくれ」
店の主がカウンター越しに慌てるようにして言った。
「奴を、奴を殺してくれ!」
腕を折られた男が言うと、屯し、興じていた男達が一気に腰から背中から得物を抜く。
ランプの灯りを反射するほども磨かれていない刀身だった。
「仲間をやられちまったら、黙っちゃいられねぇな」
男達が言う。女達は慌てて外に出て行った。
ウォルターは長柄の手斧を腰のベルトから引き抜いた。
「おお、こいつやる気だ」
「やっちまえ!」
酔客達が次々襲い掛かってきた。
ウォルターは斧を振るった。
一人目の腕が分断されテーブルの上に転がった。剣はまだ握られていた。
「ギャー!」
「野郎!」
緩慢な一撃を避け、そいつの腹部に斧を下から上へ叩き込んだ。
服を破り、磨かれた斧の刃は腹に突き立った。引き抜くと血と臓腑が床に散らばった。
「がっ!? い、いてぇ! いてぇよぉ!」
「どうだ、一方的にやられる気分ってのは? 最高か?」
「三人がかりだ! 奴を畳んじまうぞ!」
酔いの醒めた男達がウォルターを囲む。
そして距離を少しずつ詰めて行く。
だが、そこからは様子を見るだけで向かっては来なかった。
「腰抜け共が。お前らは群れなきゃ威勢も虚勢も晴れないゴミ共か」
ウォルターは磔にされているハーピィの方へ近付いた。
ハーピィは人間の女によく似た顔をしていた。だが頬に刀傷が刻まれていた。
「人間、貴様も私をいたぶり」
と、ハーピィが言いかけたところでウォルターは翼と足と首を止める戒めを解き、翼に刺さった数本のナイフを全て抜いた。
「どういうつもりだ?」
「ついでだ。ゴブリンは無理だが、隣のコボルトは生きてる。お前が助けてやれ」
「わ、分かった」
ハーピィはコボルト方へ向いた。
その無防備な背をウォルターは守るべく立ち塞がった。
「さぁ、続きをしようぜ」
ウォルターが言うと、残った者達は抜身の武器を手にしながら、後退を始めた。
「つまらねぇな。酒のせいにさせねぇぞ」
ウォルターは左手を前面に突き出した。
「お前は魔術……」
「エクスプロージョン!」
爆炎が舞起こり、人間が椅子がテーブルが吹き飛んだ。
「ひいいっ!」
声を上げたのはコボルトだった。ウォルターを見る目は恐怖だった。
そしてコボルトは脱兎のごとく扉を突き破って逃げて行った。
「人間、お前は人間なのにあいつらと違うんだな」
ハーピィが言った。
「お前も逃げたらどうだ?」
ウォルターが言うと、ハーピィは応じた。
「翼を傷つけられて飛ぶことができない」
その言葉を聴き、ウォルターは溜息を吐いた。
「故郷は近いのか?」
「分からない」
「仕方が無い。送り届けてやる」
「本当か?」
「信じるかどうかはお前次第だ」
ウォルターは相手から視線を外して財布の硬貨を数え始めた。
「イーシャだ」
「ん?」
「私の名前だ。気高きアッシュ」
「アッシュじゃない、俺の名はウォルターだ」
「ウォルター、お前を信じる」
その言葉にウォルターは小さく頷くと歩き始めた。
去り際にカウンターの店の主に向かって金貨の詰まった袋を投げた。
「邪魔したな」
そうしてウォルターは夜の町を外に出る。ハーピィがその後に続いたのだった。
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