魔戦士ウォルター2
「相変わらず、クソ不味い」
空になった薬瓶をポーチに差し込み口もとを拭う。
「おう、人間、大丈夫なのか?」
トロールのアークレイが尋ねてくる。
「少し眩暈がするが、活力は戻った。さぁ、殺し合いだ」
ウォルターの戦斧の先には犬に似た顔をした小型の亜人達がいる。
背後には洞窟。
連中はコボルト族で、トロールのアークレイが言うには奴らはお宝を蓄えているということだった。
既に周囲には切り裂かれ、打ちのめされたコボルトどもの遺骸が転がっている。
アークレイ、このトロール族と会ったのは偶然だった。
人と亜人達が混在するここから三日ほどの都市で声を掛けられた。いや、スカウトされた。
一緒にコボルト族のお宝をいただきに行かないかい? 宝は山分けだ。確かな筋からの情報だ。
良いだろう。こんなデカブツが万が一宝を独り占めしようとしても、俺には多彩な魔術がある。それに魔術を用いるまでも無いかもしれない。俺の腕前なら斧一本で充分だ。
「どうする? 人間」
「乗った」
というわけで、自己紹介を済ませると、さっそく出発したのだった。
「ウハハハッ!」
アークレイは巨体を生かした大振りの一撃でコボルトを薙ぎ払う。
だが、その体格の差、巨腕を掻い潜る討ち漏らしがあった。
それをウォルターが斧で仕留める。
コボルトの可愛らしい頭を引き裂き打ち砕き死滅させる。
「増援だ、増援を呼んで来い!」
コボルトの首領が叫ぶ。
「ウォルター、今の聴いたな? 必死にこんな洞窟を守ろうとするとはやはりお宝があるんだ」
「ああ、らしいな」
弓兵が出て来た。
「切り裂け、風よ!」
ウォルターの手から真空の刃が放たれ、弓兵達を真っ二つにする。
だが、近接は不利と悟ったのかコボルトは武器を弓に変えて次々放ってきた。
その連射の速度に真空の刃が間に合わない。
巨大な影がウォルターの前に立ち塞がった。
「アークレイ」
「俺の身体は頑丈だからひょろっちい弓矢なんか通らねぇよ」
身を挺したトロールにウォルターは疑念を捨て、代わりに新たな感情が湧くのを感じた。
ちっ、俺としたことが何年かぶりに「感激」なんてしてやがる。
「どけ、アークレイ! 炸裂せよ、エクスプロージョン!」
ウォルターは飛び出すと腕を薙いだ。
大爆発が起き、コボルト達が空高く舞い上がる。
増援が着た。
「それ、あの人間とトロールを殺せ!」
矢の嵐が来るが、ウォルターは笑って手を掲げた。
オレンジ色の壁が形成され矢を弾く。盾の魔術だ。
「おお、やるな、ウォルター」
「こいつはお返しだ、ブリザード!」
凍える風が渦巻き膨らみ、コボルト達に降りかかる。
白雪が吹き荒れコボルト達を足元から、頭から、あるいは腕から纏わり凍結させてゆく。
身動きできなったコボルトを見ると、アークレイが進み出した。
「まったく、手間取らせやがって」
そう言うとアークレイは一度振り返りウインクした。
そうして向き直るとめいいっぱい棍棒を振り上げ、薙いだ。
棍棒の一撃を受けコボルト達は全身がバラバラに砕け散った。
「これで終わりか?」
アークレイが尋ねてくる。
「だろうな。探索に移ろうぜ」
そうして入り込んだ洞窟をエンチャントで炎を付加した斧で照らし出す。
大柄、いや、巨大なアークレイは身を屈めなければならなかったが、それでもどうにか中を通ることはできた。
一方通行の道を行くと、天井から光りが差し込んで来ている場所があった。
終着地点だ。
そこには金貨に銀貨、お話に出てくるような煌びやかな財宝でいっぱいだった。
「こいつは一生遊んで暮らせそうだ」
アークレイがすっかり目を奪われたように言った。
「さて、こいつを運び出すか」
ウォルターが言うと、アークレイがギョッとしたように目を見開いた。
「どうした、トロール」
「こいつは思った以上の量だ。荷車か荷馬車が必要だろう」
見た目に似合わず意外と知恵が回るのか、アークレイが言うのをウォルターはもっともだと思った。
「だが、ぐずぐずしてるとまたコボルトが戻って来るぞ。町まで片道三日。荷車を調達して戻って来るほど悠長な時間は無い」
ウォルターは最初、財宝などにあまり心は動かされなかった。ただ、これだけのものを目にして、現実味を帯びてきた彼にも少しの欲が出て来た。
「背嚢に入るだけとりあえず持って行くぞ。コボルトや他の連中が嗅ぎつけたら殺せばいい」
「確かにな」
ウォルターの提案にアークレイは頷いた。
二人は金銀、装飾品を搔き集めた。
そうしているうちに、ウォルターの欲は更に大きなものとなっていた。何を買おうか。
「ウォルター、どうだ?」
そういうアークレイの背嚢はパンパンに膨らんでいた。
ウォルターの方はまだ半分ほど猶予がある。
トロールの大きな手と人間の小さな手の違いだ。
「手伝ってやる」
アークレイはそう言って、ウォルターの背嚢に次々コボルトの宝物を注ぎこんでいった。
程なくしてウォルターの背嚢もこれ以上無いほどの膨らみを見せた。
「ウォルター、俺達、大金持ちだぜ。良い女だって手に入る」
トロール族の女なんか願い下げだが、やはり同じ種族同士なら惹かれ合うこともあるのだろう。人間がトロールの一人一人を区別できないように、トロールもまた人間が全て同じようなものに見えるということだ。
異種族同士の略奪の際に、異種族の女を浚う目的はただ単純に奴隷として売る、それだけだ。そうでなければ、殺される。そういうものだった。
「ウォルター、ボケッとしてんじゃねぇよ。一度ここから出るぞ」
「ああ」
アークレイの落ち着いた言葉にウォルターは応じた。
二人は外に出た。
コボルトの死体はそのままだった。
ウォルターこの亡骸どもをこのままにしておくべきか逡巡した。
「やったな、ウォルター。今日から俺達も富豪の一員だ」
アークレイはそういうと上機嫌に口笛を吹いた。
まだ運び出してない財宝が山ほどある。鉢合わせたら殺せばいいが、自分達が居ない間に誰かに盗まれやしないかウォルターは危惧していた。
その時だった。
不意に頭を思いきり殴られた。
眼前が明滅しウォルターは倒れた。
誰だ、コボルトか?
ゆっくり身を起こしたところを思いきり踏み付けられる。
「悪いな、ウォルター」
アークレイが言った。
自分の背を踏み付ける足の遥か上でトロールの顔が笑っていた。いや、目は笑ってはいなそうだ。
「ちっ、くしょう」
ウォルターの意識はそこで途絶えた。
次に目覚めたのは森の中だった。
後頭部が激しく痛む。斧はあるが、背嚢は無かった。
「トロールめ」
完全に油断していた自分に気が付いた。孤独だった自分の心を掴み、それを裏切った男が許せなかった。
水の流れる音がする。
少し進むと谷が見えた。
ここから落とさなかったことだけにトロールの情を感じたが、そんなものは後回しだ。
狼牙の魔戦士を騙した罪は重い。
必ず私刑にかけてやる。
頭の痛みは怒りに上書きされた。
魔力が戻る瓶薬も野営の準備物も、財宝に入れ変わり捨てていた。
先に谷がある以外ここがどこかは分からない。
外套に手を入れる。金貨が五枚入っていた。
自分で入れた覚えは無い。アークレイの情けだろう。
「何が情けだ。ぶっ殺してやる」
不意に野太い悲鳴が上がった。
アークレイ。
ウォルターは駆けた。
駆けに駆け、森の切れるところで止まり、木陰に身を隠した。
例の洞窟の前だ。跪くのはトロール。アークレイはあの頑強な身体中がハリネズミのように成り果てていた。
武装したコボルトの大集団がいる。
「ま、待て、待ってくれ、宝は全て返す」
アークレイが必死に叫びを上げる。
コボルトが持っているのは石弓だった。三人で一つを抱えるほどの大きなものだった。
アークレイは何故動かない?
答えは出た。動かないのではない。動けないのだ。筋肉質な身に深々と突き立っているのは毒矢だったのだ。痺れ薬でも塗ってあったのだろう。
コボルト達が歩み出てくる。その内、二人が大きなノコギリを左右の持ち手をそれぞれ握りながら迫り、アークレイの首に突き立てた。
「お、おい、止せ! 俺はもう何もできないただのデカブツだ。そうだ、お前達の用心棒になっても良いんだぜ!」
トロール族アークレイの必死な懇願にコボルトの首領らしき人物は首を横に振った。
「仲間殺しの盗人めを雇うと思うか? 我々コボルトを舐めるでない! それ、頭を落とせ!」
左右に持ち手のいる大きなノコギリがトロールの首の上で動く。
ウォルターは思わず顔を伏せた。
「ギャー!」
アークレイの悲痛な声が幾度も幾度も聴こえる。
「ちっ、ここまでだな。夢に見ちまう前にずらかるか」
ウォルターは森へ戻り、途中から丘陵の下り坂に合流した。
アークレイはそこまで悪い奴では無かったのかもしれない。ただ持て余す程の金銀財宝が奴を変えてしまった。それは俺にも言えることだ。アークレイの残した金貨を取り出して眺める。
アークレイの在りし日の笑顔が、身を盾にして自分を守ってくれた場面が、ウインクが脳裏を過ぎった。
アークレイ。……だが、裏切者からの情など俺は要らん。
ウォルターは金貨を投げ捨て、町へ戻るべく歩き出したのであった。
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