魔戦士ウォルター

刃流

魔戦士ウォルター1

 この甘いのがどうにもな。

 幾十の敵意ある視線に囲まれながらウォルターは薬を飲んだ。

「ああ、不味かった。おっと、ポイ捨てはいかんな」

 うっかり薬の空瓶を放り投げようとしていた自分に気付き、その手を止める。だが、これでは片手が塞がってしまう。ウォルターは空瓶を優しく地面に置いた。

「こいつは後でしっかり持って帰るからよ。第二ラウンドと行こうぜ」

 ウォルターは手斧を提げ、ゴブリンどもを睨み返した。

 彼の周囲には二重の壁があった。

 一つは自らの鮮血の中で事切れているゴブリン達。更にその奥に新手のゴブリンが。

「人間、何故、我らゴブリンの里を荒らす?」

 共通語で鳥の羽飾りを頭につけたゴブリンが尋ねてくる。毛むくじゃらでドワーフほどの大きさをしていた。ドワーフはウォルターの膝より上ぐらいの大きさだ。なのでまるで子供を虐殺しているようで気が引けた。

 が、やるしかない。

 里の者達はゴブリンが押さえている鉱脈が狙いだった。

 狼牙の魔戦士と呼ばれた流れの傭兵ウォルターは人間の里の者達から依頼を引き受けた。

「何度も言わせるな。鉱山を差し出せ」

 ウォルターは羽飾りのゴブリンの首領を見て言った。

「ふざけるな! お前こそ何度も言わせるな! 鉱山こそ我々ゴブリンの命綱。強欲な人間よ、帰ってその旨を伝えよ」

「残念だが聴けんな。このままだと第二ラウンドが始まるぜ? 後、五秒待ってやる」

「ふざけるな!」

 三人のゴブリンの戦士達が襲い掛かってきた。

「サンダーストーム!」

 ウォルターは斧を向けた。

 斧から放射状に稲妻が走り、ゴブリン達を貫いた。

「ギャッ!」

 ゴブリン達は短い断末魔の声を残して倒れた。死んだのだ。死体からは白い煙が上がっている。

「五。交渉決裂だ。死ね! エクスプロージョン!」

 ウォルターが叫ぶと斧で示した一角で大きな爆炎が上がった。

 多くのゴブリン達が宙を舞い、黒焦げになって地面に落ちる。その衝撃で炭となった身体が崩れ落ちる。

「ハッハッハッハ! 来ないのか? なら俺から行くぜ! エンチャント炎!」

 手斧の刃が炎に包まれる。

「そらあっ!」

 ウォルターが火走りの一撃を振り下ろす。

 ゴブリンの戦士の盾を焼き切り、とろかし、肉体を分断した。

「怯むな!」

 ゴブリン達が駆ける。縦横無尽に一気に周囲から距離を詰める。

「アースグレイブ!」

 ウォルターの周りで牙となった大地が隆起し、ゴブリン達をまとめて貫いた。

「さぁ、次来い、次」

 炎の宿った斧を振り回しウォルターはゴブリン達を挑発する。

 残りは十にも満たない数だった。

「止めよ」

 ゴブリンの里長が静かに言った。

「鉱脈を譲ろう。ここに控える者や戦えぬ里の者に手を出さないでくれ」

「ならば、その証明として、お前の首を貰おうか」

 ウォルターが言うとゴブリン達はどよめいた。

「この卑劣な!」

「良い。我が首と鉱脈一つで手を引いてくれるなら」

 ゴブリンの里長はそう言うと歩んで来た。

「鉱脈が失われたということは、我々の里も手に落ちたのも同然だ。移住の期間をくれ」

「……分かった。伝えよう」

 ウォルターはゴブリンの里長の決然とした目を見て頷いた。

 そして斧を薙いだ。

 一つの首が宙に舞い上がりウォルターの左手に収まる。

「お、長!」

 ゴブリン達が力無く倒れ伏す。

「じゃあな」

 ウォルターは空瓶を拾い上げ、ゴブリン達に背を向けると、人里へと戻って行った。



 二



「何と、良くやってくれた傭兵ウォルター殿!」

 まるでどこかの国王にでもなったつもりか、煌びやかな装飾品に囲まれた人間の長は狂喜乱舞していた。

 そしてウォルターからゴブリンの里長の首を受け取ると、唾を吐きかけ、足蹴にした。

「ざまを見ろ、ゴブリン程度が我らにかなうものか。最初から鉱山を差し出しておれば死なずに済んだものを、愚かな生き物め!」

 里長がゴブリンの首を踏みにじる。

 周囲の者達も笑っていた。

 ウォルターの脳裏をゴブリンの里長の言葉が甦る。自らの民達を思いやった崇高な男だった。それに比べて同じ人間の何と醜いことか。

「好かんな」

「そうであろう、ウォルター殿。ゴブリンどもの里を攻め全員ひっ捕らえて奴隷に」

 人間の里長の首が飛んだ。

 ウォルターは斧を薙いでいた。

「里長!」

「貴様、何をするか!」

 人間達が手に手に剣を取り出す。

 ウォルターは彼らを一瞥して言った。

「何故だか俺にも分からんが、俺はお前達が好かん」

「な、なんだと!」

「この裏切り者、やっちまえ!」

「ハハハ! ウインドカッター」

 ウォルターは両手をグルリと周囲に旋回させた。

 魔力形成された空気の刃がその場にいる者ども斬り殺した。

「フン、軽いもんだな」

 ウォルターは歩き出す。

 外に出ると既に知らせがいっていたのか、武器を構えた男衆が待ち構えていた。

「大勢で出迎えか。痛み入るね」

「こ、殺せ!」

「エクスプロージョン!」

 爆炎が轟き、燃えて破片になった肉片が散らばる。

 不意にウォルターは眩暈を覚えた。

「またか」

 魔力が大きく失われたのだ。

 ウォルターは恐々見守る人間達の中心で薬を煽った。

「やっぱり不味いな。おう、相手になる奴はいるか?」

 人々が慌てて後ろに下がる。

 ウォルターが歩むとその一角が逃げるように道を開けた。

「よろしい。さて、次はどこに雇われようかね」

 空になったガラスの薬瓶をポーチに突っ込み彼は再び流れて行ったのだった。

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