魔戦士ウォルター38

 今頃ブリー族の里では大騒ぎかもしれない。

 もう、あそこには寄れないな。

 ウォルターは馬車を歩ませていた。その隣をホブゴブリンが続く。ダークエルフのカランとベレの姉妹は荷と一緒に座っていた。

 もう荷というほどでは無いが。金物八つ。香木が小分けにして麻袋の中に二十ぐらい。

 ウォルターは知らないが、作物の種とはどのぐらいの値がするのだろうか。

 不意に前方に人影が現れた。

 一人だ。

「狼牙」

 ギャトレイがこちらを見上げる。

 ドワーフのよこした刺客かもしれない。

 ウォルターは馬を止めた。

 カランとベレが弓を手に、荷台から狙いを定めていた。

 ウォルターは馬車から下りた。

 純白の法衣に身を包んで現れたのは、この辺境では珍しい神官だった。

 若い男だ。

「御機嫌よう」

 相手がにこやかに挨拶してきた。

 ウォルターは外套の下で斧に手を掛けていた。

「どうも、人間の神官さん」

 ギャトレイが言った。

「おやおや、殺気立たれておられる御様子。私はあなた方に危害を加えたりはしません。ただの修行僧です」

 ウォルターは端正な笑顔の下に隠れている邪気を読もうとしたがそんな様子は見られなかった。

 ギャトレイも察したように腰の剣から手を放した。するとホブゴブリンの傭兵は言った。

「神官さんなら、ケガを治せるか?」

「ええ、ほとんどのケガは私でも治せますよ」

 神官は頷いた。

 ギャトレイの目が荷台に向けられる。

 ああ、カランとベレのことか。

 カランは全身の傷は治りつつあったが眼帯の下にある左目を潰されている。ベレの方は片足の骨折だ。

「何か私にできることがおありですか?」

 神官が尋ねる。

「カランさん、こちらへ」

 そう言い、ギャトレイは動けないベレを抱き抱えて馬車から下りてきた。

「なるほど、目と、足ですか」

「どうにかならないか?」

 ギャトレイが縋りつくように言うと神官はにこやかに応じた。

「ええ、何とかなります」

「本当か!?」

 ギャトレイが声を上げる。

「お二人で金貨四十枚の寄付金をいただきましょう。神の前では等しく一人二十枚です」

「よ、四十……」

 ギャトレイが絶句した。

 ウォルターは成り行きを黙して見守っていた。

 財布の中身は見なくてもわかる。金貨はどうにか二十枚はある。だが、それを失えば今後苦しくなる。種も買えないかもしれない。

「ギャトレイさん、良いんです。私達のことは」

 カランが優しい笑みを向けて言った。

「い、いや、しかしですね。せっかくこんなところで神官さんと出会えたんです、こんな奇跡は無いでしょう! 狼牙!?」

 ギャトレイの必死な顔を見てウォルターはついに口を開いた。

「一人分が限界だ」

 ウォルターは財布をギャトレイに手渡した。

「ウォルターさん?」

 カランが驚いたように尋ねて来た。

「悪いな、カラン。今の財力ではお前か、ベレ、どっちかしか治せない。二人で決めてくれ」

「い、いえ、大切なお金を、良いんですか? お仲間達のためにも種を買って帰らなければならないのでは?」

「その辺はどうにかする。生きてりゃ何とかなるもんさ」

 ウォルターは、なだめる様に言葉を述べた。

「で、では、ベレ、あなたの脚を治してもらいましょう」

 カランが言った。

「私の脚は一月あれば治る。姉上の目の方を治すべきだ」

 ベレがかぶりを振って答えた。

「いいえ、あなたの脚を治してもらいなさい」

 姉の目が助けを求める様にギャトレイに向けられるのをウォルターは見た。

「カランさん、隻眼でもあなたは美しい人だ。みんなそう思うでしょう。だからベレ、脚を治してもらえ。医者にも行けず、上手く脚の骨がくっついてくれるかもわからねぇんだ。そう意味ではお前は不自由なことになる。姉上の思いを無駄にするな」

 ギャトレイが言うと、カランは頷いた。

 ベレは不服そうだったが、二人の大人に諭されて、ついに頷いた。

「分かった。姉上の目はいつか私が治せるようにお金を稼ぐ」

「俺も付き合うぜ」

 ギャトレイはそう言うとベレを抱えたまま神官に見せた。

「先に寄付金の方をいただきましょう」

「分かった」

 ギャトレイがウォルターの財布から金貨を二十枚取り出して神官に渡した。

 神官は涼しげな顔で枚数を確認すると、懐から財布を取り出してしまった。

「では、行きますよ。おお、神よ、慈悲の神よ、この者の脚をお治しください」

 白い光りが神官の右腕に宿った。

 それを添え木をしてある脚に当てた。

 三分ほどそうしていただろう。

 神官は手を引っ込めた。

「さぁ、添え木を外して歩いて御覧なさい」

 神官に言われると、ベレはゆっくり足を踏み出した。

「うん、痛みはない」

「違和感はありませんか?」

 神官が問う。

 ベレは五歩ほど進むと頷いた。

「違和感もない」

「ベレ!」

 カランが駆け出し妹を抱きしめた。

「良かった、本当に良かった」

 カランは泣いていた。

「私の仕事はここまでですね。では、御機嫌よう」

 神官は去って行った。

「狼牙、すまねぇな」

 ギャトレイが言った。

「何でお前が言うんだ?」

「いや、カランさんがあんなに喜んでいるの見るとな。それに売上金の半分以上が無くなっちまった」

「気にするな。それよりお前も行って来い」

 ウォルターが言うとギャトレイは頷いた。そしてダークエルフ姉妹の方へ歩んで行き、共に喜び合っていた。

 これで良かったんだ。

 ウォルターは、内心では痛手を受けた気分だったが、自らそう言い聞かせた。

 三人が戻って来る。

「ウォルター、私も動けるようになった。こき使ってくれ、遠慮なくな」

 ベレが言った。少女のその熱く真剣な眼差しを受けてウォルターはようやく己の心が決まった。これで良かったのだと。

「分かった。さぁ、乗れ、出立するぞ」

 姉妹が乗るとウォルターは馬車を歩ませた。ギャトレイが嬉しそうにゴブリン語の歌を歌っている。

 カランもエルフ語で歌を合わせ始めた。

 ベレも続いたが、こちらは二人ほど上手くはなかった。

 だが、ウォルターは気分が良かった。

 まるで新しい門出だな。

 ウォルターはそう思ったのだった。

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