魔戦士ウォルター39
ベレの脚を治すために大枚を使い果たした。
だが、ウォルターは、後悔はしていない。
後悔はしていないが、これからどうするべきか思案していた。
売り物はドワーフ製の金物が数個と香木の欠片が小袋で幾つか。
作物の種の値段は幾らぐらいなのだろうか。また、古城の皆がどれだけ開墾しているか。それに見合う分だけの種を持ち帰れるか、軽くなった財布を見ながら考えに耽る。
「ウォルターさん」
川辺で休んでいるとカランが弓を手に声を掛けてきた。
「何だ?」
「猪の足跡がありました。狩りに行きたいのですが良いですか?」
彼女の申し出は、妹の脚を治したせいで、大金が飛んだことへの罪悪感からだろう。
「お願いします、ウォルターさん。すぐに戻りますから」
ウォルターは彼女に罪の意識を感じることは無いと言いたかったが、頑なな瞳がそうは言わせなかった。
「カランさんが行くなら俺も同行するぞ」
ギャトレイがすかさず名乗りを上げる。
ギャトレイはカランに好意を抱いている。少しぐらい二人きりにさせても良いのでは無いだろうか。
何せ、先ほど寄ったコボルトの里では、以前の他のコボルトの里同様に入るだけで法外な金を要求された。とてもじゃないが、これ以上、無駄な金は使えない。だから諦めて素通りしてきた。そして思う。カランはこのことも気にしているのだろう。
気晴らしと思って行かせてやっても良いのでは無いだろうか。
「狩りの経験はあるのか?」
「はい」
「ギャトレイ、頼む」
「あいよ。さぁ、カランさん行きましょう」
二人は歩いて行く。
「ウォルターさん、妹をよろしくお願いします」
カランは振り返ってそう言った。
ウォルターは頷いて手を振った。
ギャトレイとカランは小川を渡り、対岸の枯れた茂みの中へと消えて行った。
獲物が取れても取れなくても今日はここで野宿だろうな。
「ウォルター」
顔を向ければベレが立っていた。
「何だ?」
小柄なダークエルフの妹は眠たげな眼差しを向けてきた。が、いつものことだ。眠そうに見えて眠くはない。
「ギャトレイは姉上を好いているようだな」
その言葉にウォルターは感心した。よく気付けたものだなと。
「そうだな」
「ギャトレイは姉上に酷いことはしないと思う」
ベレが言った。
「そうだな、アイツなら信じられる」
「ふむ」
彼女はそう返事をするといつの間にかこしらえた釣り竿を持っていた。
「私も少し出てくる」
なら俺もと思った時、真っ赤な大鷲が側の木に舞い降りた。
「む」
ベレが足を止めた。
「どうした?」
「いや、あの鳥から普通じゃない気が感じられる」
ウォルターは赤い大鷲を見上げたが、戦場で磨いた殺気を察する勘も何も告げなかった。
だが、次の瞬間ベレは竿を捨て弓を向け矢を掴んだ。
突然のことにウォルターは戸惑った。
「おい、赤いの。お前は誰だ? 何のためにここにいるんだ?」
ベレが尋ねると、赤い大鷲は地面に舞い降りた。舞い降りさながら赤い衣装が風を纏い、しなやかに着地した。
「見つけたぞ、ウォルター」
そう言ったのはファイアスパーだった。
ゴブリンの村が襲われたときに決着は着いたはずだが、ウォルターにも感じられる。今のファイアスパーは殺気だらけだった。
ウォルターは御者席から下りた。
「ベレ、馬を操れるか?」
「ああ。どうする気だ?」
「ちょいと派手なことになりそうだ。馬車を遠くへ下がらせてくれ」
ウォルターの言葉にベレは弓を下ろし、駆け出して御者席へ飛び乗った。
「ウォルター、そいつ普通じゃないぞ」
「ああ、殺気をバンバン感じる。行ってくれ、ベレ。ここは俺一人で充分だ。馬と荷を頼む」
「よし分かった。ハッ!」
ベレが馬車を走らせると、ウォルターは尋ねた。
「どうした、以前の結果が受け入れられないか?」
「私はしもべ」
ファイアスパーは怒りの眼差しを向けながら言った。
従属の術に掛かっているな。高度な術だが、ウォルターは恐ろしい術だとも危機的に感じていた。ウォルターはあえてこれの勉強をしなかった。もしも他人を意のままに操れたらと思うと、ゾッとする。そんな趣味の悪い術は知らない方が良い。そう決断したのだった。
「集え雷光よ!」
ファイアスパーが手を掲げる。空に向けた手には晴れ渡っているのに幾つもの稲妻が鋭い音を上げて、やがて大きな青い塊を形成した。
「スパーク!」
ファイアスパーの手がウォルターに向けられ、魔術の巨大な塊は飛んできた。
「跳ね返せ、アンチマジック!」
ウォルターは魔術の壁を形成し自らの前に立てた。
雷光の塊は壁に食い込み破ろうとしている。
ウォルターはさらに力を入れて懸命に念じた。
こいつを受ければ俺は失神するだろう。と、ファイアスパーが槍を振るい人間離れした跳躍力でウォルターに躍り掛かって来た。
ウォルターは器用に壁を動かし、ファイアスパー目掛けて魔術を跳ね返した。
雷撃は激しい轟音と共に真っ二つに斬られた。
振り下ろされた槍を避け、ウォルターは斧を抜いて、鋭く突き出される槍を受け続けた。
近くで見れば更にわかる。ファイアスパーの端麗な顔は怒りで皺だらけだ。目はまるで無理やりこじ開けられたかのように真っ白だった。
ウォルターは思った。
以前のファイアスパーを知る者として、操られていることを悟った者として、こいつを殺めるつもりは無いと。だが、とも思う。殺気を纏った槍の連撃はウォルターを必ず貫こうという強固な意志で動いていることを。
きっと暗躍しているのは、俺に向けて刺客を放ってきているまだ見ぬドワーフだろう。
ファイアスパーが離れた。
「炸裂せよ、爆炎!」
「守れ、盾よ!」
ウォルターは間一髪、防御の魔術で爆炎をやり過ごした。
と、ファイアスパーはすぐ目の前で槍を薙いでいた。
ウォルターの外套が斬られる。
速いな。
ウォルターは斧を振り上げるが、渾身の一撃は避けられた。
そのままよろめきながら斧を振るうとファイアスパーの片頬を浅く切り裂いた。そして体勢を立て直し、身構える。
「これは血?」
ファイアスパーが自分の頬に手をやり拭って見詰めていた。
目に黒い瞳が戻った。
「何故、私が血を?」
「正気に戻ったか?」
ウォルターはまだ警戒を解かずに尋ねた。
「正気に? 私はドワーフに見つかって。貴公はウォルター。そうだ、ドワーフに見つかって貴公を殺すように言われた。だが、拒んで……」
「操られていたんだ」
「私が従属の魔術を受けていたとは。くっ、己の未熟さが口惜しい」
ファイアスパーは歯噛みして言った。
「ドワーフはどこにいる?」
「それが私にも分からない。思い出せないんだ。恐らくはそれも術で」
「だろうな。まぁ、良い」
ウォルターは口笛を吹いた。
すると、横手の茂みから弓矢を構えたベレが、対岸では同じく弓矢を向けているカランの姿があった。ギャトレイはこちらに向かって小川を駆け出していた。
「逆らうつもりはありません」
ファイアスパーは槍を捨てたのだった。
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