魔戦士ウォルター40

「狼牙、大丈夫か!?」

 ギャトレイが合流する。剣は赤い青年魔術師ファイアスパーに向けられていた。

「大丈夫だ。こいつももう安全だ剣を向ける必要はない」

 ウォルターが言うとギャトレイはファイアスパーから切っ先を反らした。

 カランとベレも合流してくる。

「ウォルターに聴いたが、以前ゴブリンの里を救ってくれたんだよな?」

 ギャトレイの問いにファイアスパーは頷いた。

「こいつは操られていただけだ。件のドワーフにな」

 不意にベレが周囲を見回した。

「皆、散れ!」

 彼女の短い言葉にそれぞれが慌てて飛び退いた。

 不意にそこの地面が隆起し、鋭い大地の棘だらけになった。

「勘の良いのが居たか」

 切り株の様な背丈に、ヒゲで覆われた口。長い顎ヒゲを垂らしたドワーフが立っていた。だが、年の頃はまだ若そうな印象だった。

「そいつだ、そいつが私を差し向けた!」

 ファイアスパーが言った。

 ドワーフは笑うと、ウォルターを向き表情を険しくさせた。

「オルスター老のいるところを何故素直に教えん。だが、もはや我が弟子を殺戮したことを忘れはせん。もはや貴様を殺しせめてもの弟子達の御霊の慰めと捧げん。サンダーボルト!」

 ドワーフが叫ぶと頭上から雷が降り注ぎ、川岸を焦がした。

 ウォルターは驚いていた。ドワーフにも魔術師がいるという事実を。

「どの種族にも魔術の才能のある者は一定数は生まれるようだな」

 ドワーフが言った。

「ファイアスパー、他の奴らの防御を頼む」

「狼牙!?」

 ウォルターの言葉にギャトレイが驚きの声を上げる。

「こいつとのケリは俺がつける」

「分かった、さぁ、皆さん、私の後ろへ」

 ファイアスパーが言ったが、ギャトレイもカランもベレも動かなかった。剣を手に、あるいは弓矢を敵へ向けていた。

「心配するな。俺が気楽に戦えるようにその赤いのの指示に従ってくれ」

 ウォルターが言うとギャトレイがカランとベレに頷いた。三人の仲間はファイアスパーの後ろに退いた。

 よし。

 ウォルターは敵目掛けて歩み始めた。

「爆裂せよエクスプロージョン!」

 敵が魔術を撃ってきたが、ウォルターは駆けて避けた。

 魔術を撃たれる前に一気に叩く! 敵の魔力が未知数なのでそれが最善だと判断した。

「突き立て土壁よ!」

 敵が魔術を唱えると、ドワーフとウォルターの間に無数の厚い土の壁が隆起し互いを寸断した。

 ちいっ。これでは近づけない。

「ハハハハッ、甘いわ人間。それに貴様らの魔力などたかが知れている。この勝負貰ったぞ」

 ウォルターは斧を叩きこんだが土壁は鉄のような音を立て、傷の一つもつかなかった。

「泥濘よ、敵を飲み込め!」

 途端にウォルターの足元が揺らめいた。底無し沼が現われ、まるで底に何者かがいるかのように脚を引っ張っている。

「狼牙!」

 ギャトレイが駆けた。

 そしてウォルターの手を掴んだ。

「何故、来た!?」

「そりゃ来るさ!」

 カランとベレも駆け、土壁の無い左右にそれぞれ回り、弓を打ち込んでいた。

「バーリア」

 ドワーフは面白がるような口調で言った。

 ウォルターは這う這うの体で救い出された。

「カランさん、ベレ、逃げて!」

 ギャトレイが声を上げる。

「遅い、二対の雷よ、疾走せよ!」

 途端に大きな落雷の柱が二つ地面に降り、音と白い煙を上げながらカランとベレを追い始めた。

「カランさん! ベレ! この野郎」

 ウォルターの肩に足を乗せ、ホブゴブリンの傭兵は土壁を超えた。

 剣がぶつかる音がする。

「ハハハハッ、無駄だ無駄だ。愚かで醜いゴブリンよ、灰にしてくれよう。エクスプロージョン!」

 物凄い爆音と共に土壁が崩れ、ホブゴブリンの傭兵は宙を舞っていた。

「ギャトレイ!」

 ウォルターは心臓が凍る思いだった。ギャトレイがまさか炭になっていたら……。

 不意に赤い鷲が現われ、ギャトレイを空で掴んだ。

「大丈夫、上手く避けている!」

「当たり前さ! そんなことよりカランさんとベレの方を何とかしてくれ」

 ギャトレイはウォルターの隣に降り立った。

「任せて、全てを打ち消せ、リセト!」

 ファイアスパーの声が轟くや、ダークエルフ姉妹を追い回す雷は失せ、土壁は崩壊し、泥沼は固まった。

 ドワーフが驚きの顔を見せた。

「今だ!」

 ギャトレイが駆ける。

 剣が振るわれるが巧みにドワーフも斧で追いつく。

 ドワーフも鍛えていたらしいが、ギャトレイの方が上だった。

 彼の剣が、斧を圧し折った。

 蒼白になるドワーフ。その顔が最後となった。

 ギャトレイの横薙ぎでドワーフの首は胴から落ちた。

 真っ赤な血が首を失った胴から噴き出し、倒れた。

 と、赤い鷲も途端に急降下し、ウォルターは慌てて追いついて受け止めた。

 魔力を失っているとウォルターには一目でわかった。貧乏となった今、貴重な回復薬を命の恩人であるファイアスパーに飲ませた。

 ファイアスパーは目を見開き、瓶を一気に呷った。

「ありがとう」

 彼はそう言うと地面に立った。

「全てを無効にする魔術か。俺の読んでた書物には書いてなかった」

 ウォルターが言うとファイアスパーは頷いた。

「太古の強力ゆえに失伝された魔術だ。私の亡くなった師より教わった」

「道理で」

 するとカランとベレが駆け付けてきた。

「これでウォルターさんは追われることは無くなったのですね?」

 カランがドワーフの亡骸を一瞥して言った。

「ええ、心配無用。全てはこのドワーフの独断だ。なのでドワーフの里を訪れても問題はない」

「本当にそうか? 商品を見た瞬間、ドワーフ共はまたウォルターの親父の居場所を教えろと言うんじゃないか?」

 ギャトレイが尋ねる。

「それはこのドワーフが外道だっただけだ。他の職人ドワーフは優れた者に畏敬こそ感じるものの邪魔をしようとは思わない。せっかく魔術の素質があったのに勿体ないことだ。くだらん野心にさえ目覚めなければ鍛冶と魔術を操る傑物、あるいは奇才となって、もてはやされたかもしれないというのに」

 そうして日が暮れてきた。

 僅かばかりの保存食をとり、焚火を囲んでいた。

 そこにはファイアスパーもいた。

「どうだろうか、ウォルター。私も仲間に入れてもらえないだろうか?」

 せせらぎだけが聴こえる静かな夜の下で赤い魔術師は言った。

「俺達は旅商人だ。貧しいぞ。これから稼いでいこうと思ってるんだ」

「手伝いはする、私の持ち合せも共有財産として使ってもらって結構。何だかここで別れるのが寂しく思えてね。どうだろうか、ウォルター、それに皆」

 ウォルターは一同を見回した。

「魔術師がもう一人というのは心強い」

 ギャトレイが言った。

「そうですね、どこも戦の空気が流れていますし」

 カランが応じた。

「私はどちらでも良い。みんなの判断に従う」

 ベレが続けて口を開いた。

 ウォルターは軽く思案した。

「分かった、ファイアスパー、お前を俺達の仲間と認めよう」

「ありがとう。皆、よろしく」

 夜空を支配する三日月の祝福を受け、こうしてファイアスパーが新たな旅の一員となったのであった。

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