魔戦士ウォルター41
馬車を走らせている。速度は遅い。側を歩むギャトレイに合わせている。
御者席にはウォルターが座り、荷台にはカランとベレのダークエルフ姉妹が乗っている。
新しい仲間ファイアスパーはというと、赤い鷲に姿を変えて先を飛んでいた。
出発前にベレがファイアスパーに尋ねた。
「赤い鷲になるのは魔術なのか?」
「どう言えば良いか。とりあえずはこの赤の外套のおかげだ。これはマジックアイテムといって、魔術が込められた品だ。つまりこれに鷲に姿を変えられるように魔術が組まれているのさ。試してみるか?」
外套を脱ぎ、差し出すと、小柄なベレはそれをシゲシゲと見詰め手に取った。
そうして大き過ぎる外套に包まったが、何もならなかった。
「鷲になれと、言ってごらん」
ファイアスパーが言うとベレは頷いた。
「鷲になれ」
途端にその小さな身体は更に一回り程小さくなり、ウォルター達の足元には一羽の赤い鷲が立っていた。
「ベレ?」
カランが不安気な声で妹の名を呼ぶ。
鷲が一鳴きし、羽ばたいた。
そうして大空を迷うことなく優雅に躍る炎のように飛んで行った。
「効果はどのぐらいなんだ?」
ギャトレイが問う。
「本人の意思次第さ」
ファイアスパーは応じた。
そうしてベレは戻って来た。
木に舞い降り、元の姿に戻った。
「どうだったかな?」
ファイアスパーが尋ねるとベレは頷いた。
「気持ちが良かった。風になるとはああいうのを言うんだろうな」
そうしてベレは木から飛び降りた。
そうして今に至る。
夜になった。
「この先には人間の里があった」
ファイアスパーが言った。
炎を囲みながら一同は粗食を取っていた。
ウォルターはカランとベレには良いものを食わせてやりたかったが、もう路銀は少ない。宿にも泊まれないほどだ。
いや、実際、ファイアスパーが幾らか金貨を持っていたが、彼の提供をウォルターは辞退した。これは俺の城の問題だ。城とこれからの稼ぎで解決してゆくつもりだ。
初冬だ。空気は寒いがまだ野宿は辛うじてできるだろう。夜空は曇っていた。だが、宿代も稼がなければ一同は揃って凍死する羽目になるだろう。まずはそこだ。
日中、薪拾いをした。薪拾いは偵察に出たファイアスパー以外、全員が得意だった。
「さて、これからどうするね?」
ギャトレイが口火を切った。
「まずは、カランとベレを送り届ける」
ウォルターは応じた。
「そうだな」
ギャトレイが頷く。
カランが申し訳なさそうに頭を下げる。
焚火の炎が風に揺れた。
「その後はまだ考えてはいない。種をどこかで買えるだけ買って帰る。というわけにもいかない。戻る先々、それとこれからも食糧やら金は入用だ」
ウォルターが言うと、一同は沈黙した。
「釣りも狩りも得意だぞ」
ベレが言った。
「そうだな、ベレ」
ギャトレイがニッコリと微笑んだ。
「ベレの言う通り、自給自足でやってくしか道はないようだな」
ファイアスパーはさっそく待っていた厳しい現実にも怖じする様子もなく、まるで一同に溶け込んでいた。
そうして就寝となった。
カランの歌声が聞こえ、ベレは眠り、次の見張りのギャトレイも寝入っていた。
馬車の荷台は冷たかったので火の側で眠っている。
「ウォルター」
「何だ?」
ファイアスパーの問いに、ウォルターは斧を研いでいた手を休めた。
「出身はどこだ?」
「さぁな。知らないし、興味もない」
ウォルターはそう応じた。本心だ。オルスターが父で、ローサが妹で、それが自分の家族だ。
いや、記憶の底に、はっきりとしない、霧のような姿が二つある。優しそうな男と女の声が自分の名を呼ぶのだ。
「悪かった」
ファイアスパーはそう言うと、薪を足した。
「何かあるのか?」
いたたまれなくなり、ウォルターは尋ねた。
「ああ」
ファイアスパーは懐から紐のついた物を取り出した。首飾りだ。炎の灯りが反射してオレンジ色に見えるが、この鉱石は何だろうか?
「ルビーだ」
ファイアスパーは言った。
「私の唯一の身分を証明する物だが、私は両親の顔を知らない」
そして彼はウォルターを見た。
「人間の中に魔力を持つ者は極稀だ。もし、私に兄弟がいたら同じ様な物を持っていただろう。ウォルター、もしお前が私の兄弟だとしたら」
不意に記憶の底にある女の声が言った。
「あなたはお兄さんになったのよ」
そして同じく優し気な男の声が言った。
「これからは」
そこで声は途切れた。
酷く動悸がしてきた。
俺には弟か妹がいた。
長く封印してきた記憶の断片がウォルターを苦しめた。今まで目を背けていた。オルスターが父でローサが妹で、それが自分の家族だと思い込んでいたし、それ以外、興味もなかった。
だが……。
「俺にはそんな首飾りは残されてなかったな」
ウォルターはそう言うと砥石に斧を走らせた。
「そうか……」
ファイアスパーは残念そうに言いその日は交代まで口を利くこともなかった。
だが、ウォルターの中には疑念が残る。
俺が拾われた時のことを親父に詳しく聴いたこともなかった。もし、親父が首飾りを持っていたとしたら。
記憶の蓋はあれ以上は開かなかった。
俺にも当然いたんだ。俺を生んでくれた母親が、家を支えてくれた父親が。そして妹か弟が。
ちいっ、今は止めだ。明日生きていく糧すら僅かだ。余計なことは考えず眠らないといけない。
目を閉じ、薪が爆ぜる音が時折聴こえてくる。
眠れない、眠りたい。と思っているうちにウォルターは寝入ったのであった。
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