魔戦士ウォルター37

 俺には俺の帰りを待っている仲間がいる。

 妻のイーシャに、まだ卵だが俺達の子供、妹のローサに親父のオルスター、エルフのエスケリグに、リザードマンの長アックスと、リザードマンとハーピィ達。

 俺の目的、俺に託された使命は交易で稼いだ金で食べ物の種をたくさん買ってくること。

 根城はただの古城だ。食料も何も無い。

 俺達はそれぞれ里を住処を奪われた者同士だ。

 だが、その規模はまだまだ小さく、攻め込まれれば容易に陥落するだろう。

 だから、俺は俺の新しい故郷の情報を話したくない。知ろうとする者は斬る。ドワーフの若造どもをそうしたように。

 今頃、木を切り倒して開墾が始まっているだろう。

 俺達は自給自足で暮らして行くつもりだ。外の干渉を一切受けず。

 ウォルターの語りに事情を知っているギャトレイは別としてカランとベレは頷いていた。

「そうでしたか。では、私達のことを構っている場合では無いかもしれませんね」

 カランが申し訳なさそうに言った。

「いや、どの道、東へ進路を取るつもりだった。お前達は気にしなくていい」

 ウォルターは心からそう言った。二人を届けるのも俺の、いや、俺達の使命の一つなのかもしれない。

 その日はそれで終わった。

 寒い朝を迎え、雨も止んだので馬車を出立させた。

 先へ進むとブリー族のクランに着いた。

 其処彼処を小人が歩み、小さな家々が建っている。

 ウォルターは一人のブリー族に声を掛け、ここでは勝手に商売をして良いということを聴いたのでさっそく店の準備をした。

 まるで子供のようなブリー族達が集まって来る。

「ドワーフ製の金物に、香木だよ! 要らんかねぇ!?」

 ギャトレイが声を上げて客を呼んでいる。

 ブリー族達ははしゃぎながら商品を手に取り、見たり、香木のにおいを嗅いだりしていた。

「これ、カランカランだ。間違いないよ」

 かつてないほどの賑わいを見せたが、なかなか商品を買う物はいなかった。

 こうして日が暮れた。

 大きい人用の宿は幾つかあったのでその一つに決め、居酒屋へ食事に出かけた。

 扉を開ける前からわかる。何とも賑やかな声が木霊している。

 中へ入るとそこは小人に溢れていた。

 楽器の演奏があり、歌い手が歌い。拍手と歓声が木霊している。

 ウォルターはギャトレイに目配せした。

 ホブゴブリンの傭兵は頷いた。

「さぁ、カランさん、ベレも食事にしましょう」

「あの、ウォルターさんは?」

 カランが尋ねる。

「ウォルターは馬車の荷を確認してくると言ってます」

 ギャトレイが言うと、ダークエルフの姉は頷いた。だが、妹の方はウォルターの意を察したらしく厳しい視線を向けていた。

 居酒屋を出る。

 何処も彼処も家の中ではお祭り騒ぎ用だった。

「本当に陽気だなブリー族は」

 ウォルターは厩舎と反対方向へ歩き出した。

 人気の無い町の片隅だった。

「陽気なブリー族にもお前みたいなのがいるんだな」

 立ち止まり、ウォルターが言うと、背後から土を踏む足音が一つ聴こえ、ウォルターは振り向きざまに斧を振るった。

 刃と刃はぶつかり合った。

 小柄な暗殺者は頭巾をしていた。

「件のドワーフに雇われたか」

 だが、素早く間合いを取った刺客は何も言わない。

 その身体が消えた。

 素早い踏み込みだった。

 手練れだな。

 ウォルターは首を狙った凶刃を斧で受け止めた。

 嵐のように刃が襲って来るが、避け、受け、それらをかわした。

 だが、刺客は跳躍して刃を振り下ろしてきた。

 体重のかかった一撃だったがウォルターは受け止め、相手を薙ぎ払った。

 転がる刺客の頭巾が剥がれた。

 月明かりが照らすブリー族の若者は顔を手で覆ったが、無駄だと悟ったのか、刃を向けた。

「そう来なきゃな、俺もお前を逃がすつもりは無い」

 ウォルターはそう言うと斧を向けた。

 魔術を使えば幾ら賑やかなブリー族でも何事か見に来るだろう。やはり斧一本でケリを付けるしかなさそうだ。

 ブリー族の刺客はスッと動き、影を残してウォルターに斬りかかった。

 斧で打ち合い、鉄の音が木霊する。だが、敵の攻撃は流れるようにウォルターの先を読んでいた。

 突くという素早い動作ができない斧では相性が悪かった。

 滑るような猛攻にウォルターは舌打ちした。

 ここで死ぬわけにはいかない。イーシャが皆が俺の帰りを待ってくれている。

 喉元を狙った返し刃を危うく避け、ギャトレイが言っていた「プロ」の実力を悟った。

 その時だった。

 風を切る音がし、刺客の背に矢が突き立った。

 相手も予想外だったようだが、ウォルターの方が正気に戻るが早かった。

 振り下ろした斧は刺客の脳天から身体を真っ二つに切り裂いた。

「やれやれ。わりぃな、カラン」

 すると月明かりが弓を手にしたカランを映し出した。

「間に合った様で良かったです」

 カランが合流してきた。

「今回ばかりは俺も危なかった。ベレに言われたのか?」

 ウォルターは居酒屋を出る時に向けられたベレの真剣な表情を思い返していた。

「はい、あの子の勘は良いですから」

「よくギャトレイが許したな」

「いえ、許してもらったわけでは」

「おおい!」

 ギャトレイの声が聴こえてきた。

「カランさん、足が早いんですね」

 ギャトレイはベレを背負って合流してきた。

「ブリー族か。これはひと悶着ある前に出て行った方が良いだろうな」

 ギャトレイが言った。

「そうだな。今夜中に出発しよう」

 こうしてウォルター達は足早にブリー族の里を去ったのだった。

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