魔戦士ウォルター36

 破壊された家屋を目にしながら商売なんてできるものでは無かった。

 特に同族のゴブリンであるギャトレイはどうにか役に立とうと復興作業に加わっていた。だが、薙ぎ倒された家々は新たに建て直さねばならないほどの損壊で、ここで時間を取ることを憂慮したのか、ギャトレイは戻って来た。

「ここで別れても良いんだぞ?」

 ウォルターが言うと、ギャトレイはかぶりを振った。

「いや、最後まで着いてくぞ。カランさん達もしっかり送り届ける」

「ギャトレイさん、お気持ちはありがたいのですが、本当に良いんですか?」

「ゴブリンはたくましいです。復興も俺が抜けたところで何ら影響は無いでしょう。さぁ、狼牙、出発だ出発!」

 ギャトレイがそう言った時だった。

 一人のゴブリンが歩いてきた。杖をつき腰は曲がっていた。老人だろう。

「人間族の方よ、この度、犠牲が出ずに済んだのはあなたの魔術のおかげ。しかし、あいにく復興に金が必要なため、お金でのお礼はできません。なので、あなた方に香木を分けて差し上げよう」

 ゴブリンの老人は大きな革袋を差し出した。

「コウボク? 何だそりゃ?」

 ウォルターは思わず首を傾げた。

「良い香りのする木です。細かく切って火に入れることによってにおいを発します」

 カランが答えた。だが、ウォルターはますます首を傾げる。

「香木はあらゆる種族の方々に人気です。どうやら御商売をなさっておられる様子。これを売って何かの足しにしてみてはどうでしょう?」

 そうなると話は別になる。既に毛皮を失い、売る物も無きに等しかった。

「貰おう。ちなみに何の木だ?」

 ウォルターが尋ねるとゴブリンの老人は頷いた。

「カランカランという木です」

「おお、カランさんと同じ名前ですね。確かにカランさん良いにおいしますからね」

「ギャトレイさん」

 カランが顔を赤らめる。ギャトレイもしまったというように手で自分の口をふさいだ。

「ああ、いえ、決して他意は無く」

 ギャトレイもおそらく顔を真っ赤にしているだろう。

「それでは、良い旅を」

 ゴブリンの老人は言った。

 馬車は再び東へ向けて進んで行く。

 途中、雨に遭い、視界が閉ざされた。

 馬が道を走っているのかも分からないほどの豪雨で、ウォルターは馬車を止めた。

「こりゃ、野宿だな。狼牙」

 既に馬車の荷台に避難していたギャトレイが言った。

 その時、ベレが首を動かした。

「どうした?」

 ギャトレイが尋ねる。

「いや、何か影みたいなのが見えたような気がした」

 ベレが言う。ウォルターは気のせいだと思いつつも、ファイアスパーの言葉を思い出していた。どこかのドワーフが子分どもをやられ俺を恨んでいる。

 ウォルターは外へ下りた。

「ウォルター!」

 ベレが叫んだ。

 と、ウォルターの首元を刃が掠めた。

 刃だと思ったのは、相手が自分の首を掻き切ろうとしたからだ。

「狼牙!」

 ギャトレイが飛び出そうとする。

「来るな!」

 カランとベレを守る者がいなくなる。

 刺客は刃を引っ込め、茂みの中へ飛び込んで行った。

「ベレ、見える?」

「いや、もういない」

 カランの言葉にベレが応じた。

「暗殺者って感じだったな。でも、何で」

 戻って来るとギャトレイが言った。

「さぁな」

 間違いなくドワーフの差し金だろう。以外に早く来たな。それがウォルターの感想だった。

 ダークエルフ姉妹を寝かせて番をするつもりだったが、夜目の利く二人はむしろ今こそ役に立ちたいと懇願してきた。

 その厚意を無下にできずにいると、ギャトレイがダークエルフ姉妹を説得した。

「ベレもカランさんもまだまだ身体は完治してませんよ。しっかり休んで。眼なら俺に任せて下さいよ」

 そういうわけでウォルターとギャトレイが揃って番をすることにした。

 荷台の出口付近に座って、豪雨に耳を奪われながらも、ギャトレイはしっかり周囲を確認していた。

「狼牙、プロに狙われる理由に心当たりは?」

 ウォルターはギャトレイだから話した。

「ドワーフの若造どもを殺したろう? そいつらの親分に恨みを買ったらしい」

「何故そう思う?」

「ゴブリンの里で俺に手を貸した魔術師がいたろう?」

「ああ。感謝しているが」

「あいつもそのドワーフに雇われたと言っていた」

「本当か? じゃあ、お前ら手合わせしたのか?」

「した」

「知らなかった。そうじゃ無ければあいつをむざむざ逃がしはしなかったものを」

 憤慨するギャトレイにウォルターは言った。

「だが、奴はあれで手を引くと言った。嘘では無いと信じられる。それにサイクロプスどもをやったのにあいつが、ファイアスパーだったか。そいつが活躍したのは本当の話だ。今回のもう一人の立役者だ」

「ぬぅ、それなら良いんだ。正直、そのファイアスパーをどうもこうもしたくは無かった。しかし、この分だと道中、気を付けなきゃならないな。行く先々でもカランさんとベレを一人にしておくのはまずい」

「そうだな」

 ダークエルフ姉妹の心配は確かにすべきだ。何せ、前々回のあのドワーフの若造どもはベレを人質にした。

「どうする、カランさん達に話した方が」

「大丈夫です、聴こえました」

 その言葉に振り返るとカランとベレが半身を起こした。

「ベレ、本当なの?」

「ああ。悔しいがドワーフ達に人質にされてそれをウォルターに救われた」

 ベレは正直に吐いた。

「ウォルターさん、敵の狙いは何ですか?」

 カランが尋ねてくる。

「俺の育ての親はドワーフだ。それもどうやら有名人らしい。その名を聴いた途端に連中は親父の居場所を教えろとしつこく付き纏ってきた」

「教えないのは理由があるんですね?」

「ああ。そうだな、どうせこんな夜じゃ眠れやしない。ギャトレイに言うのは二度目だが、俺の故郷と仲間達について話す」

 ウォルターは言った。

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