魔戦士ウォルター35

 ドワーフどもの亡骸を誰かが発見する可能性もあった。

 殺した場所が例え人目につかない廃墟であっても偶発的に見つかる可能性もある。

 ウォルターとギャトレイは早々と里を出立することにした。

 ダークエルフの姉妹は特に気付いていないらしい。いや、ベレはさすがに察することができるだろう。それでも何も言わずウォルターとギャトレイの言葉に従ってくれた。

 古いのも新しいのも刻まれた轍の道を馬車は進む。

 そのまま進めばゴブリンの里があるとギャトレイが言った。

 彼もまたゴブリンだ。同族に出会えることに少し浮足立っているようにも思えた。鼻歌交じりで御機嫌に馬車の隣を歩いている。

「良い曲ですね、何の歌ですか?」

 荷台からカランがギャトレイに尋ねた。

「ゴブリンの英雄譚ですよ。良ければ歌いましょう」

 ギャトレイの低い美声が詩を紡ぐ。

 悪い歌では無い。ウォルターも聴き入っていた。

 と、見事なあごひげを生やしたドワーフの初老の旅人とすれ違った。

「良い歌ですな」

 ドワーフは言った。

 口はひげで見えなかったが、目は優しく笑っていた。

「ありがとう、ドワーフ殿」

 ギャトレイが言うとドワーフはカラカラと気持ちよく笑いながら去って行った。

 カランが拍手を送った。

「ありがとう、カランさん」

 ギャトレイはデレデレした様子で応じた。

 だが、到着したゴブリンの里は戦の真っ最中だった。

 一つ目の巨人族、サイクロプスの襲撃を受けていたのだ。

「カランさん、ベレもここで待っていて下さい。馬は操れますか? 有事の際は俺達のことはかまわないで馬車を操って逃げて下さい」

 ゴブリン族の里から離れたところに馬車を置くと、ギャトレイが駆け出そうとした。

「待て」

 ウォルターは呼び止めた。同族の危機、ギャトレイは救いに行きたいに違いない。しかし、カランとベレだけを置いてはいけない。魔の手はどこから忍び寄るのか分からないのだ。

「俺が行く。ギャトレイ、お前は馬車を頼む」

「だが、狼牙!」

 食い下がるギャトレイにウォルターは言った。

「カランと、ベレを頼む。必ず良い報告を持って来る」

 ウォルターが言うとギャトレイは歯噛みした様子だった。

「ギャトレイさん、行ってください。私達なら大丈夫です。自分の身くらい自分で守れます」

 カランが言うとギャトレイは大きく肩を上下させた。

「カランさん、お気遣いありがとうございます。ですが、ここはウォルターに任せましょう。頼んだぞ、ウォルター」

「分かった」

 三人に見送られ、ウォルターは再度ゴブリンの里の入り口に飛び込んだ。

 火は上がっていない。だが、ここからでも分かるほどの身の丈をした巨人族達が家屋を薙いで潰し、ゴブリン達を圧倒していた。

 ウォルターは駆けた。

 ゴブリン達が弓を撃っているが、皮膚に浅く突き刺さったり落ちたりするものばかりであった。

「唸れ雷獣! サンダーストーム!」

 ウォルターが声を上げると、巨人の足元が緑色の光りに円を描き、幾つもの雷の矢が雷鳴の轟きと共に巨人の身体を貫き昇った。

 巨人は倒れた。

「魔術師か、お前?」

 ゴブリンの戦士が尋ねてくる。

「ああ」

「力を貸してくれ」

「そのつもりだ。どんどん狩りに行くぞ」

 ウォルターが言うとゴブリン達は鬨の声を上げた。

 二匹の巨人が荒狂うままに暴れている。

 理性を感じられない凶暴な咆哮、大きな足が大地に深く跡を刻み付ける。

「唸れ雷獣、サンダーストーム!」

「沈め! グラビトンプレス!」

 不意にもう一人の男の声が聴こえた。

「何っ!?」

 ウォルターは魔術を唱えた後に響いた声に驚いた。

「おお、貴公も魔術師か」

 それは真紅の外套に身を包んだ人間の戦士の姿をしていた。

「人間に宿る類稀なる力を得た者と出会えるとは僥倖! まずは巨人達を殲滅しよう」

「言われなくとも!」

 二人の魔術師は巨人を圧倒し、殲滅させた。

「いつ飲んでもこれは美味しくないな」

 もう一人の魔術師は言った。

「そうだな」

 ウォルターも魔力を惜しまず絞ったため瓶薬を飲んでいた。ちなみに相手からの心遣いだった。

 ゴブリン達が復興作業を行っている傍ら、ウォルターはこの魔術師と共に丸太に腰かけていた。

「申し遅れたな、私の名はファイアスパー」

「ウォルターだ」

「ウォルター殿か。貴公もなかなかの使い手だな。私以上かもしれない」

 沈黙が続く。

 するとファイアスパーが立ち上がった。

「ウォルター殿、貴公、斧を使うのだな」

「ああ」

「数日前、ここより西の人里で若いドワーフが十人惨殺されたらしい。私も立ち会ったが、裂傷からすれば斧でやられた可能性が高い。貴公、何か知らないか?」

「知っていたら?」

 ウォルターが問いに問い返すと相手は真面目な顔をして応じた。

「捕縛する」

「できるものなら」

 ウォルターも立ち上がる。

 二人はゆっくり距離を取った。

「こういう結末にはなりたくなかった」

「それはお前だけだぜ。瓶薬を貰った礼はあるが、それだけだ」

 ウォルターは斧を抜いた。

 相手は短槍を振るった。

 風が鋭く割れる音がした。

 ウォルターは踏み込んだ。

 魔術を使う暇はない。

「悪いが、俺にはやらなきゃならねぇことがある! ここで捕まるわけにはいかねぇ!」

 ウォルターの斧とファイアスパーの槍が幾重にも打ち合った。

「私は亡くなったドワーフの主から依頼を受けた」

「貴公呼びの賞金稼ぎか。面白い」

「癖なのでな!」

 斧と槍は激しく唸りを上げ、風を孕み、あるいは空を裂いた。

 切っ先がウォルターを貫こうと狙う。

 刃が相手のそっ首を刎ねるべく勇躍する。

「と、は、た」

 残像と共に素早い動作で相手は退いた。

「大地よ、竜牙の如く生え貫け!」

 大地が隆起し、鋭い針を上げながらウォルターに迫る。

「弾け、盾よ!」

 ウォルターは前方に魔術の盾を形成する。ぶつかった大地の魔術は新たに荒れ狂いそのまま詠唱者へ戻って行く。

 そしてウォルターは素早く駆けた。

 魔力を失い大地の塊となっただけの針山を靴で潰しながら疾走する。

「くっ! ここまでやるとは!」

 ファイアスパーが戻って来た魔術を相殺させる。

 と、そこにウォルターの一撃が過ぎった。

 が、ウォルターは相手の首元に刃を止めた。

「何故、殺さない?」

「貴重な魔術師だからな。だが、今後俺達を害するようなら、あのドワーフ共のように殺す」

 ファイアスパーは小さく息を吐いた。

「狼牙! 無事か!」

 ギャトレイが馬車を飛ばしてくる。

 そして魔術で荒れ果てた大地を見て戦慄した様子だった。

「やっぱり巨人族相手にはこれぐらいはやるか」

 ギャトレイ、カランが歩いてくる。御者席にベレが這い出て来た。

「アンタもゴブリンを助けてくれたのか?」

「わ、私は……」

 ギャトレイが尋ねるとファイアスパーは当惑したように声を落とした。

「ああ、そうだ。ゴブリン族のために力を貸してくれた」

 ウォルターは瓶薬の礼を思い出しそう言った。

「そうだったか、ありがとうよ。俺はギャトレイ」

「ファイアスパーと申します」

 そしてファイアスパーは後ろのカランにも頭を下げ、ウォルターの方へ歩み、すれ違いざまに静かな声で言った。

「私の依頼は達成できなかった。もう貴公を害するつもりは無い。しかし、私を雇ったドワーフはこれで終わりにはしないだろう。道中くれぐれも」

 そう言って去って行った。

「それにしてもこの荒れようじゃ、野宿するのと大して変わらんかもしれんな。カランさん、申し訳ない」

 ギャトレイが謝罪する。

「ギャトレイさんのせいじゃありません。……それに戦争なのですから」

 そう言ったカランの目は悲しみに満ちていた。

「あ、その、カランさん。ええと。ああ、駄目だな俺は。カランさんに嫌なことを思い出させちまった」

「そんなことないですよ、ギャトレイさん。また笑わせて下さいね」

 カランが微笑むとギャトレイは溜息を吐いて笑顔で頷いた。

「笑いならこのギャトレイにお任せを」

 ウォルターは振り返る。

 もう一人の若き魔術師は既にこの場にはいなかった。

 争いもあったが、ほんの僅かでも共闘出来て嬉しかった。それがウォルターの抱いた感想だった。

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