魔戦士ウォルター34

 人間の里に着くと、ウォルターはさっそく店を構える。

 ドワーフの打った金物ということで多少は相場より値を上げていたため、なかなか買い手は着かなかった。

「ドワーフの打った金物はこちらですよー!」

 朗らかな声でカランが声を上げる。すると男達が寄って来る。ギャトレイが声を上げると女が寄って来た。

 四人で食べて行くためにも多少の値上げはしなければならない。あとはドワーフの名に頼るしかない。

 品物は幾つか売れた。

「ありがとうございまーす」

「まいど!」

 カランとギャトレイが声を上げるため、ウォルターの出番はなくなった。

 ベレはというと、一人で宿に置いて置くわけにもいかず、後ろで安静にしている。

 時たまトロールの客が訪れる。

 ベレもだが、カランの顔も一瞬険しくなる。

 だが、カランはすぐに笑顔を取り戻し接客するのだった。

 美貌のダークエルフのおかげでか、売り上げは意外と多かった。

 残る品物も限られてきた。

「カランさんのおかげで品物の売れ行きが好調でしたね」

 食堂で夕食をとっているとギャトレイがそう言った。

「そんなことありません。ギャトレイさんのお声が良かったからだと思います」

「ハハハッ、ありがとうございます。だとさ、狼牙」

 ギャトレイとカランが見てくる。ベレは骨付き肉にかぶりついていた。

「確かにお前ら二人のおかげだろうな」

 ウォルターも素直に認める。

「おお、狼牙、お前もそう言ってくれるか。だよな、やっぱりカランさんのお声が良かったんだよな」

 ギャトレイはどうしてもカランを持ち上げたいらしい。頑張っているな。

 ウォルターはフッと笑った。

 ふと、ベレが物欲しそうにウォルターの皿を見詰めていた。

「おかわりか?」

 ウォルターが問うとベレは素直に頷いた。

「おおい、給仕のあんちゃん、骨付き肉を追加だ!」

 気を利かせてギャトレイが声を上げた。

 カランが申し訳なさそうな顔をしていた。

「子供はしっかり食べなきゃ。カランさんもおかわりどうです? 昼間あれだけ店先で頑張ったんですから」

「ありがとうございます、ギャトレイさん。ウォルターさんも。私は大丈夫です」

 カランは微笑んで応じた。

 給仕が骨付き肉を持って来るとベレはさっそく食らいついたのだった。

 そんなベレだが、翌朝、一人で歩く練習をすると行ったきり戻って来なかった。

「近くを歩くだけだと言っていたのですが」

 カランが不安気な顔をする。

「あのベレが朝食の時間になっても帰って来ないというのが気掛かりだな。ちょっと探してくるぜ」

 ギャトレイが駆け出した。

「私も行ってきます」

 カランはギャトレイと逆方向に走った。

 ウォルターも探すつもりでいたが、通りを歩く人々の列から一人が歩み出てきてこちらに向かってきた。

「すみません、あなた宛てに手紙を届けるように言われたのですが」

 人間の男だった。

 手紙を受け取ると、こちらが声を掛ける間もなく男は駆け去って行った。

 ウォルターは羊皮紙の手紙を開く。

 簡潔な文が記されていた。

 ダークエルフの小娘は預かった。返してほしければ貴様一人で北の廃屋へ来い。

 差出人の名前は書いていなかった。

 ベレは事件に巻き込まれた。

 ウォルターは部屋へ戻ると鎧を身に着け、外套を羽織り、腰に斧を差した。兜を最後に被る。

 そうして北方向へ目指す。

 大都市にあるスラム街とも違う雰囲気が漂っていた。

 ここで人間の里が呪われて途絶えたようなそんな邪悪な雰囲気だ。

 潰れた家や、枯れ草が風でビュービュー吹かれていた。

 ウォルターはバイザーを下ろした。

 潰れた家々にはネズミ一匹の気配すらないようにも思える。

 歩んで行くと、廃屋の角から正面に一人が立ち塞がった。

 ウォルターは溜息を吐いた。

 あのドワーフの若造の一人だった。

 こうなれば他の九人も関わっているだろう。

「さて、一人で来たか。よしよし褒めてやろう」

「ダークエルフの女の子を返せ。さもなきゃ、どうなっても知らんぞ」

 ウォルターはバイザーの下で言った。

「そんなことを言える立場かな? おい、人質を見せてやれ」

 すると廃屋の中から二人組のドワーフに身体を押さえ付けられたベレが姿を見せた。

「私なんかに構うな!」

 ベレが声を上げた。

「さぁ、大人しくオルスター師の居場所を言え!」

 ウォルターは踏み込んでいた。

 斧の一撃がドワーフの若造の首を刎ね、そのままベレ向かって駆け出した。

「止まれ、止まらないと人質を」

 そう言う前にウォルターは辿り着いた。

「う、うわあああっ!」

 ベレを押さえていた二人のドワーフは逃げ出した。

「ベレ、無事か?」

「ああ。すまない、私としたことがドジを踏んだ。この折れた脚が憎らしい」

「謝るのはこっちの方だ。俺の件でお前を危ない目に合わせちまった。だが、それもここでケリを付ける」

 ウォルターは背後に怒りか、憎しみか、あるいは恐怖か戦慄か、そんな震える影が九つあるのを悟った。

「弓さあれば」

 ベレが悔しそうに歯噛みした。

「お前はここで見てろ」

 ウォルターは振り返る。

「よくも、ミゲルを殺したな!」

「よくも! よくも!」

「お前も殺してやる!」

 九つの影はそれぞれそう言った。

「先に逝った仲間に会わせてやるぜ」

 ウォルターは駆けた。

 たちまち敵の懐に飛び込み、斧を旋回させる。

 二つの首が飛んだ。

「この野郎!」

 振るわれた斧を避け、こちらも攻撃を仕掛ける。

 振り下ろした斧はドワーフの脳髄を割っていた。

「おのれー!」

 一人が襲い掛かって来たが、斧をぶつけ合い、弾き飛ばすと、下からその顎に一撃を入れた。

「ぐべっ!?」

 断末魔の声を残しドワーフは倒れた。

 残る五人は、ウォルターから距離を取った。

 だが、ウォルターは逃がさない。

 たちまち駆け、追いつき、背後から一撃を入れた。

 一人が斃れ、残る四人は戦意を喪失したように崩れ落ち、一人が失禁していた。

「ま、待て、俺達が悪かった。だから殺さないでくれ」

 一人が慌ててそう言った。

「悪いが、後腐れ無くしたいからな。あばよ」

「ギャー!」

 四つの断末魔の声が静寂の中に響き渡った。

「ベレ。背負ってやる」

「ああ。ウォルター、お前、強いんだな」

 故郷を焼き尽くされたこともあってか、ベレはこの殺戮劇を目の当たりにしても怯えの一言も無かった。

 彼女を背負って廃屋を後にする。

「狼牙! ベレもいたか!」

「ベレ!」

 宿の前で待っていたギャトレイとカランがそれぞれ声を上げる。

「何処に行ってたの? 心配したのよ」

 カランが言う。

「道に迷った」

 ベレはそう答えた。

 ウォルターとしても安堵できた答えだった。

 だが、ギャトレイだけはこちらを見て険しい顔をしていた。

 ベレをカランに渡すと、ギャトレイが近付いてきた。そして腕を掴んでダークエルフ姉妹と距離を取った。

「何があったんだ狼牙。血のにおいがするぞ」

「あのしつこいドワーフどもだ。ケリはつけてきた。この件はこれで収まった」

「そうだったか」

 ギャトレイは頷くとにこやかな表情を浮かべてダークエルフの姉妹へ近付いて行った。

「さぁ、ベレも戻って来たことだし、食事に行きましょう、カランさん」

「ええ、そうですね」

 三人が歩いて行く。

 あのドワーフ共はやり過ぎた。

 今後の憂いにもなっただろう。

 これで良かったんだ。

 その証拠に罪悪感も無い。

「狼牙、どうした?」

 ギャトレイが振り返って声を掛けてきた。

「今、行く」

 ウォルターは歩み出したのだった。

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