魔戦士ウォルター33

 旅支度を整えたが、カランが長弓を持って現れたのには多少驚いた。

「私達はお客様でも無いですからね、こんな世の中です。戦う必要があれば戦います」

 おっとりとした印象だったが、芯の強さを感じる声だった。

「私もだ」

 ギャトレイの背でベレが言った。

「カランさん、ベレもだ。あまり無茶をなさらないで下さいよ。大抵の敵なら俺とウォルターで充分ですから」

 ギャトレイが言い、カランは微笑む。

「ありがとう、ギャトレイさん。お優しいのですね」

「い、いやぁ、それほどでも」

 その様子を見たウォルターは、さすがに既婚者だったので察した。ギャトレイはカランに気があるようだ。

 銀色の長い髪、ほっそりとした身体、そしてエルフ特有の尖った耳。エルフもダークエルフも不思議なことにあらゆる種族に人気がある。その美貌、あるいは端麗さはどの種族の者でも感じるところがあるようだ。眼帯をしていても綺麗なものは綺麗だった。

 イーシャはどうしているかな。卵はまだ生まれてないよな。

 売る物は減ったが、どうにかして、いや、その前にダークエルフの姉妹を送り届けなければならない。春には間に合わないかもしれないな。

「狼牙、どうした?」

 御者台で思いにふけっていたらしい、傍らのギャトレイに声を掛けられた。

「いや、何でも無い」

 ふと、カランがギャトレイの隣に並んだ。

「カランさん、護衛なら大丈夫ですよ。それよりもまだあなたは安静にしているべきです。さぁ、荷台へ戻って戻って」

「でも」

 ギャトレイに言われ、カランのその目がウォルターに向けられる。

「荷台にいろ。ギャトレイの言う通り、アンタはまだ大人しく療養してなくちゃならない。妹と一緒に休んでな」

「すみません、ありがとうございます」

 ウォルターが言うとカランは後ろへ行き荷台へ上がった。

「ありがとうよ、狼牙」

「何の礼だ?」

「良いんだよ、さぁ出発!」

 こうして一行は人間の里を旅立った。

 そうして馬を歩ませ、廃墟となったオークの里を抜けた辺りで野宿となった。

 焚火を囲み、携帯食料を食べているとベレが言った。

「うえっ、塩辛いぞこの肉」

「ベレ、文句言うんじゃありません」

 カランが言うとギャトレイが続いた。

「ハハハッ、確かに塩漬け肉だからな。こっちに乾燥したフルーツがある、これならどうだい?」

「これは、まぁまぁだな」

「そう、まぁまぁだよな」

 ベレの言葉にギャトレイが応じる。

 カランが申し訳なさそうな顔をしていた。

「もし良かったら猟に出ましょうか?」

「カランさん、気持ちだけで充分ですよ。ベレ、次のクランに着いたら美味しい料理を食べような」

「ああ」

 大人びた返事でダークエルフの妹は応じた。

 食事も終わり、団らんも一段落した。

「俺が起きてる、お前達は先に寝ろ」

 ウォルターは言った。

「だったら未明からは俺が引き継ぐ」

 ギャトレイが申し出る。

「分かった」

「私も見張りをさせて下さい」

 カランが申し出た。

「いけない、カランさん、あなたは眠って身体の回復を待つ身だ。ここは俺とウォルターに任せて、ね?」

 ギャトレイの言葉にウォルターも頷く。

「すみません、何から何まで」

 カランが言った。

 だが、横にはなったようだが、ギャトレイもカランもベレも眠っていない様子だった。

 ウォルターが気にかけようとするとベレが言った。

「姉上、御歌を歌って。そうしないと眠れない」

 ベレの申し出にカランが身を起こしてベレの側に来た。

 そしてその身体に手を置き、横になって歌い始めた。清く澄んだ歌声だった。

 曇った夜空と焚火の灯りのもと安らかな歌声だけが周囲に木霊している。

 ベレが寝息を立てた。

 そしてギャトレイもだった。

 ウォルターは若干、ホブゴブリンの傭兵に呆れたが、カランが身を起こして言った。

「ギャトレイさんもお眠りになったみたいですね」

「お前は眠れるか?」

 ウォルターが問う。

「はい、おやすみなさい、ウォルターさん」

 カランはそう言うと地面に横になった。

 ウォルターは火の番をしながら懐かしい故郷に思いを馳せていた。

 カランの歌のおかげだろう。イーシャやローサ、エスケリグ、アックス達の顔が思い浮かんでくる。

 残りの金物を売って、どのぐらい種を得られるだろうか。今頃は、開墾が進んでいるだろうな。親父はトリンにかかりっきりで、ローサは子供を産んだかもしれない。

 それから未明まで通り過ぎる者も無く、秋の虫も絶えた初冬の中、ウォルターは懐かしい一同を思い出し、交代まで過ごした。

 翌朝、笑い声が聴こえ、ウォルターは目を覚ました。

 笑っているのはカランとベレで、笑わせているのはギャトレイだった。

 何やら漫談でもしていたらしい。ウォルターが起きたのに気付くと一同は振り返った。

「起きたか、狼牙」

 ギャトレイがまず言った。

「おはようございます、ウォルターさん」

「……」

「こら、ベレ、ちゃんと挨拶なさい」

 カランが言い、ベレは改めて口を開いた。

「おはよう」

「ああ、おはよう。楽しそうだったな」

 ウォルターが言うと、ギャトレイが微笑んだ。

「綺麗で良い客に恵まれたからな。よく笑ってくれる良いお客様方だった。さすがの俺もウォルターの仏頂面は崩せる自信は無いが」

「ほっとけ」

 そうして朝食となり、再び出発する。

 だが、ダークエルフの里へ伸びた分岐路に来ると、カランもベレも悲しそうにその先を見ていた。

「馬を止めるか?」

 ウォルターは尋ねた。

「いいえ、行ってください。終わったことです」

 カランが妹を抱きしめながら言った。

「ベレ、次は人間のクランだ。美味いものが待ってるぞ。肉に魚に新鮮フレッシュベジタブル。そしてデザートには果物だ」

 徒歩のギャトレイが幌の中の様子を察してか元気づけるようにそう言った。

「でも、私はあのトロールをどもを許さない」

 ベレが静かに言い、カランが更にギュッと妹を抱きしめた。

 そうして馬車は静かに進んだのだった。

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