魔戦士ウォルター32
「カラン! 姉上、しっかりして!」
これも天の思い描くところだったのだろうか、荷馬車に荷が無くて良かったというのがウォルターの感想だ。
ダークエルフの姉妹は荷台で横になっている。
妹は右足を折り、カランと呼ぶ姉の方は鞭で幾度も打たれたらしく裂傷が酷かった。そして左目が潰れていた。
ギャトレイが看病している。彼とウォルターの外套はダークエルフ姉妹に貸した。
先の状況が読めないため、引き返すことにした。
かつてのオークの里を通り過ぎ、人間の里へと向かっている。
御者のウォルターはそれぞれの声を聴きつつ、どうすべきか考えた。
神官に聖なる魔術で治療をしてもらえればたちどころに良くなるだろうが、こんな辺境にはそんな神官はいない上に、それもタダでは無い。法外な治療費を取られる。ウォルターの懐は温かくはなかった。
「止まれ。ん? お前達はいつぞやの行商か」
人間の里に着いたのは夕暮れ間近だった。門番が格子扉越しに尋ねてくる。
「ああ。怪我人を乗せている。通してくれ」
「分かった。神官はいないが、医者はいるぞ。だが、もう今日は店じまいだろうな」
とりあえず、通りが夜の姿を見せる前に厩舎へ行き、銅貨を上乗せして馬と荷の安全を管理人に頼んだ後、ウォルターはダークエルフの妹を、ギャトレイが姉の方を背負って宿へ行った。
「これは酷い有様だ。喧嘩でもあったんですか?」
「喧嘩でここまでなると思うか?」
宿の細身の主に応えるギャトレイの声には苛立ちが含まれていた。
「すみません。二階の部屋を二部屋ですね。キーです。お使いください」
「こちらこそ、すまなかった。血でシーツが汚れるかもしれねぇ」
「どうぞお気になさらず、洗濯いたしますので」
宿の主の言葉のギャトレイも溜飲を下げたようで、キーを受け取った。
まずは重傷の姉と妹を部屋に連れて行く。
男が同室にいることもできず、看病は妹の方に任せた。と、言っても見守るぐらいしかできないだろう。
何かあったら呼ぶように言い残し、ウォルターはギャトレイと隣の部屋へ引き上げた。
ギャトレイは姉の具合をかなり気にしていたが、ウォルターはいつの間にか眠っていた。
起きると朝だった。
隣のベッドにギャトレイはいない。
懐中時計を出す。七時だ。
姉妹の様子を見に行ったのか。今日は医者に連れて行く必要があるな。
ウォルターは隣の部屋の扉をノックした。
「狼牙か? 入ってくれ」
ギャトレイの声がし、ウォルターが入ると、ダークエルフの姉の方がベッドの上で半身を起こしていた。
「あなたが、ウォルターさん?」
優し気な声だった。
「ああ。食欲は?」
「あります。けど」
「食べ終わったら医者に行くぞ」
「ありがとうございます。けど」
ウォルターは察していた。お金のことだ。着の身着のまま逃げて来たダークエルフの姉妹に金は無い。
「俺が出す。だから安心しろ」
「狼牙、ありがとよ」
ギャトレイが礼を述べ、ウォルターはこそばゆく思った。
ダークエルフの姉妹を食堂に連れて行くわけにもいかず、ギャトレイが料理を運んできた。
「さぁ、食べてくれ」
「ありがとうございます。私とベレとを助けて下さって」
「ベレ?」
ウォルターが問う。
「私の名だ」
ダークエルフの妹が答えた。
二人とも食欲があった。
そのままウォルターがベレを、ギャトレイがカランを背負って町を歩いた。
奇異な目が向けられるかと思ったが、人間の里はもっとも異種族が混雑していてそんな様子は見受けられなかった。
だが、トロールを見た時、ウォルターの背でベレが吼えた。
「トロールだ! みんなを殺し、里を灰にした!」
「止せ、あのトロールは別の者だ」
ウォルターがそう言うと、彼の肩越しにベレが歯ぎしりする音が聴こえたのだった。
医者の家に着く。
医者は人間の老婆だった。
「こりゃあ、酷い」
老婆はそう言うと男二人に外に出るように言った。
ウォルターとギャトレイは外に出た。
ギャトレイは何か考えているようで、一切喋らなかった。
沈黙の時が過ぎ、一時間後、ようやく部屋に呼ばれた。
「傷口には軟膏を塗ってある。定期的に塗る様に。目は残念だけど駄目だね」
「そうか」
ギャトレイが無念そうに言った。
「妹の方は添え木をしてある。しばらく風呂には入れん。清潔な布を湯で温めて拭いてやりな。さて勘定だが」
そうして支払いをウォルターが持ち、四人は外に出た。
カランは医者で貰った布を顔に回し左目を覆っていた。
歩いていると、カランが言った。
「ギャトレイさん、ウォルターさんもありがとうございました。あとは私達姉妹の問題です」
「そう言うなよ、カランさん二人とも俺達について来ればいい」
ギャトレイが言った。
ウォルターは何も言わなかった。口にはしなかったが、彼女達を拾って面倒を見ていた時から腹は決まっていた。
「でも、御迷惑では」
「迷惑だなんて、なぁ、狼牙?」
ギャトレイが縋る様な目で見てくる。
「あてはあるのか?」
ウォルターが問うとベレが答えた。
「東に他のダークエルフが住む土地がある」
「もしも、受け入れてくれるならそこに住むつもりです」
カランが続いて言った。
東か。ちょうど進路だ。
「運命の神様の手のひらで……か。分かった、商売のついでに東へお前達を送り届ける」
「狼牙!」
ギャトレイが飛びついてきた。
「本当に良いのですか?」
カランが尋ねてくる。
「ああ。このゴブリンも喜んでいるようだしな」
「それに、東へ行けば道中、神官と出会えるかもしれない。カランさんの目を治してくれるかもしれないぞ」
ギャトレイがウォルターから離れて言った。
不思議とギャトレイが誰よりも喜んでいるように見えた。
「では、ウォルターさん、ギャトレイさん、私達のこと、どうぞよろしくお願いいたします」
カランが頭を下げた。
「よろしく頼む」
ベレも続いた。
「カランさん、ベレも顔を上げて。俺達は仲間だ、まずはカランさんの服と旅支度を調えよう。それから出発だ。なぁ、狼牙?」
ギャトレイの問いにウォルターは頷いた。
「俺は馬車の様子を見てくる。お前はカランとベレのことを頼む」
ウォルターは財布からお金を取り出しギャトレイへ差し出す。
「すまねぇな、狼牙」
「ありがとうございます、ウォルターさん」
ギャトレイとカランが言った。
「……ああ」
ウォルターはそう答えるとその場を立ち去った。
さて、運命の神様は俺にどう微笑んでくれるのかな。
晴天の陽を見上げながらウォルターはそう思ったのだった。
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