魔戦士ウォルター31

 ギャトレイの腕の中でダークエルフの少女は泣いていた。

 戻って来た二人を見て、ウォルターも、報われぬ思いを抱いていた。

「クランを持たないはぐれ者のゴロツキトロールだった。ダークエルフは全員死んだろうな」

 ギャトレイが言った。

「父上、母上、兄上、姉上」

 一つ問題が増えた。このダークエルフの少女を野放しにするわけにはいかない。脚を折っていることもあるが、ウォルターには放っておけなかった。

「私はトロールどもを許さない! 絶対に殺してやる!」

 ギャトレイの腕の中でダークエルフの少女は怒りと悲しみ、すなわち憎悪の声を上げた。

 こんな小さな少女から発せられるにはふさわしくない言葉だとウォルターは思った。

「お嬢ちゃん。これからどうする?」

 ギャトレイが尋ねる。

「私はトロールを討ちに行く! みんなの仇を取る!」

 そう言って馬から飛び降りた彼女は呻き声を上げて崩れ落ちた。

「無茶するな、脚を折ってるんだ」

 ギャトレイは呆れたように言うと馬から下りた。

 その目がウォルターに向けられる。

 それだけで相手の言い分を悟ることは容易かった。

「どうだ、お嬢ちゃん、せめて足が治るまででも俺達についてこないか?」

「もう他人の施しは受けない!」

 そうして再び里へ向けて歩き出すのをギャトレイが止めた。

「そんななりじゃ復讐なんかできっこない。あっという間に捕虜にされるぞ」

 だが、ダークエルフの少女はゆっくりゆっくり脚を引きずりながら遠ざかって行く。弓を片手に。

 ギャトレイがいくら声を掛けても、馬を寄せても駄目だった。

 見送るしかない。復讐は崇高な目的と言えるのだろうか。いや、言える。彼女の中ではそうなっているのだから。

「狼牙!」

 ギャトレイが戻って来た。

「あのままじゃ、捕虜にされに行くようなものだ。あの年でどんな目に合うかもわからん」

 ギャトレイはダークエルフの少女を助けたいようだ。

 ウォルターは諦め半分だったが、提案した。

「まずはやらせてみたらどうだ?」

「何だって!?」

 ギャトレイが驚きとおそらくは怒りの入り交じった声を上げる。

「あの弓の腕前だけは買える。俺達を援護させる。それでどうだ」

「ああ、そういうことか。狼牙、感謝する。荷は?」

「どちらか一方が欠けていては話にならんだろう。ひとまずここに置いて行く」

 ウォルターは荷馬車と一頭の馬を残し、再び馬上の人となる。

「お前達、来てくれるのか?」

 ダークエルフの少女が驚いたような声で言った。

「ああ、気が済むまで付き合ってやるよ、強いお嬢ちゃん」

 ギャトレイが優し気な声で言うと、相手は顔を明るくしたが、すぐに引っ込めた。

 ダークエルフの少女はギャトレイの前に乗り弓矢を構えていた。

「良いか、嬢ちゃん。嬢ちゃんは脚を痛めている。だからこの馬の上から弓矢で援護してくれ。狼牙を狙ったあの一撃は偶然では無い。鍛錬の賜物だと俺は思う」

 ギャトレイが言うと少女は顔を赤くした。照れているのだ。

 馬はくすぶりの炎を上げている元ダークエルフの里に着いた。

 茂みに馬と少女を隠し、まずはウォルターとギャトレイが偵察する。

 だが、不味いことになった。

 捕虜がいたのだ。

 トロール達が鞭で叩いていたぶり楽しんでいる。

 女の声だった。

「何て酷いことをしやがる」

 ギャトレイが言った。長剣の柄を握る手に力が入っていた。

「ギャトレイ、行けるか?」

「ああ、いつでも。嬢ちゃんは不服かもしれないが、俺達だけでやろう、狼牙」

 だが、そうはいかなかった。

「カラン!」

 ダークエルフの少女が叫ぶ。

 ウォルターもギャトレイも気付けなかった。少女は馬には乗っていなかった。

「姉上、今助ける!」

 ダークエルフの少女が矢を番え弓を引き絞る。

「おお、何だ、妙なのがいるな」

 トロール達が下卑た笑いを上げながら棍棒を手にし、歩んで来る。

 矢が放たれた。

 ダークエルフの少女の放った矢はトロールの右目を射た。

「ウグワワワッ!? この野郎、やっちまえ!」

 魔術を使いたいが、捕虜を巻き込んでしまうだろう。

 トロール達に、少女は次々矢を浴びせる。

「ちっ、こうなりゃこっちもやるだけだ!」

 ギャトレイが駆けた。

 少女に近づかせず、トロールを屠る。

 難儀だ。

 だが、ウォルターも斧を手に突撃した。

 巨大な棍棒が唸り上げて薙ぎ払われる。

 ウォルターは跳躍し、避けると足の腱に一撃を入れた。

 トロールは叫びを上げて倒れた。

 デカい奴と戦う時の戦法だ。アキレス腱を狙って行動不能にする。

 打ち合っているギャトレイに割って入り、ウォルターは冴えた斧でトロールの腱を分断する。

 ダークエルフの少女の矢による援護が無くなった。矢が尽きたらしい。

 良い子だからそこにいてくれよ。

 そして怒りに呑まれるホブゴブリンの傭兵に声を掛ける。

「ギャトレイ、聴け、この人数を相手するのは無理だ。捕虜を助け出して逃げるぞ!」

「分かった!」

 ギャトレイは応じる。そしてウォルターと共にトロールの大ぶりな一撃を避けて捕虜に迫る。

 そこでウォルターは止まり振り返る。トロール達を引き付けるためだ。

「しっかりしろ。酷いことしやがる」

 ギャトレイの声がし、捕虜を背負ってウォルターの隣に来た。

「ギャトレイ、良いな、突破するぞ!」

 まだまだ無事なトロール達が殺意を巡らせた目を向けてくる。

 二人は駆けた。

「ファイアアロー!」

 ウォルターは魔術の炎の矢を連続させトロールどもの顔を狙って撃った。

 その目くらましが功を奏し、二人はダークエルフの少女のもとへ辿り着いた。

「姉上!」

「今は逃げるぞ、馬のところまで!」

 ウォルターはダークエルフの少女を担ぎ上げ、怒れるトロールの巣窟から撤退したのだった。

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