魔戦士ウォルター30

 結局、ギャトレイと合流したのは夜だった。

「戻ったか、狼牙」

「……ああ、待たせた」

「満足したか?」

「……何も残らなかった」

「そうか」

 焚火を囲みながら二人はそれきり沈黙した。

「何で分からなかったんだろうな。オークは死に絶え、オーガーが新しく領土を手に入れた。この世は弱肉強食。当然の結果に俺は憤った」

「義憤ってやつだ。お前は鍋を買ってくれたオークに対して情が芽生えていたんだ。上手くは言えないが、オーク達の無念を晴らせてよかった。ということにしておいてはどうだ?」

 ウォルターは炎を見ながらしばし考え、頷いた。

「何が正しかったのか、正直分からん。そういうことにしておこう」

 それから二人は朝になると馬車を進めた。

「このまま進むと、森へ着くぞ。ダークエルフのクランだ。道を変えると人間達のクランだが」

 馬車を進める隣でギャトレイが言った。

 ウォルターは少し悩んだ。

 以前、人間の里ではあまり金物の売れ行きは良くなかった。

「ダークエルフの方に行ってみよう」

「了解」

 二人が馬車を歩ませていると、前方で黒い煙が上がっていた。

「森が燃えている。狼牙、戦争をやってるらしい。どうする?」

「ちっ、道を変えよう。戻るぞ」

 ウォルターがそう言った時だった。

 鋭い風の音がし、ウォルターは反射的に斧を振るった。

 金属同士がぶつかり合い、矢は地面に落ちた。

 見れば、肌の色が黒いダークエルフの少女が弓矢を構えていた。

「人間、お前も敵の仲間か!?」

「違う違う、俺達は旅商人さ。傭兵でもあるがな」

 ギャトレイが言うと、ダークエルフの少女は言った。

「だったら私達を助けて! トロールどもが縄張りを広げようとしているの!」

 ウォルターは少女が右足を引きずっているのを見た。

「どうする狼牙?」

 関わりたくはないが、この少女は痛む足を動かしながらもたった一人援軍を呼びに来たのだ。故郷のために。

 何故か、ローサの顔が脳裏を過ぎる。幼い頃の彼女にどこか似ているように思った。

「手を貸そう」

「あいよ。そうと決まれば」

 ギャトレイはダークエルフの少女を抱き上げた。

「な、何をする!?」

「脚を痛めてるんだろう。ここにいな」

 ギャトレイはダークエルフの少女を荷台に乗せた。

「どうする、狼牙? またお前さんが行くかい?」

 トロールはオーガー並みに刃の通らない頑強な皮膚を持っている。一人では分が悪い。

「ダークエルフの娘、お前にこの荷を預ける。俺達はお前の要請を聴こう」

 ウォルターが言うとダークエルフの少女は目を見開いた。

「本当に!?」

「ああ、行くぞ、ギャトレイ」

 ウォルターとギャトレイは馬上の人となり、遠くに見える黒煙へと駆けた。

 まず聴こえてきたのは、トロール族が士気を上げるために吹く、低いラッパの音だった。

 ブオーン。

 そうして焼けた森へ行く。

 木の上に作られたダークエルフの小さな家屋はその木ごと燃やされていた。

「どんどん火を着けろ! ダークエルフどもが降伏するまで徹底的にやれ!」

 トロール達が炎の中から飛んでくる矢を受けつつも棍棒を振るい、ダークエルフ達を薙ぎ倒していた。

 戦いの決着は着いたようなものだった。

 だが、何故だろうか、ウォルターは怒りに燃えていた。

 縁もゆかりもないダークエルフのために憎悪の炎が胸を頭を熱くさせる。

 鉄兜のバイザーを下ろす。

「やる気だな、狼牙」

「付き合う必要は無いぞ」

「そんなこというな。俺はお前の傭兵だ。行こうか」

 二人は駆けた。

 跳躍しウォルターは斧を振るった。

 背中に深々と突き刺さったトロールは突然のことに驚きの声を上げた。

「ここだ! ここに敵がいる!」

 トロールが叫んだ。

 ウォルターはそのまま斧を引き抜いて下りた。

 ギャトレイがトロールの膂力ある棍棒を弾き返し、その腕に重傷を負わせた。

 だが、トロール達の増援が火の中からゆらりゆらりと姿を現した。

「エクスプロージョン!」

 炎の中に爆炎が舞い上がり、数人のトロールの巨体を揺らめかせた。

 だが、大きな体を持つトロール相手では爆炎の魔術もほとんど効力を発揮できなかった。せめて体勢を崩させるのが関の山だった。

 ならば。

「貫け、地脈よ!」

 三筋の竜の首の如く、大地が鋭利に隆起し、トロールの襲うがこれも効果が無かった。

 炎の勢いが強まっている。

 ダークエルフの攻撃は見られない。

 ウォルターは奥歯をかみしめた。

「退くぞ」

「それが賢明だろうな」

 ウォルターとギャトレイは駆けた。背後でトロール達の勝鬨の声が上がる。

 二人が戻ると、御者台へ苦しそうに移動しながらダークエルフの少女が現れた。

「どうなったの?」

「負けた」

 ギャトレイが言うと、ダークエルフの少女は飛び降りた。

 脚が腫れているが、そんなことはお構いなしに歩き続ける。

「どうするもりだ?」

 ギャトレイが尋ねる。

「みんなを助ける。余所者に頼った自分が愚かだった」

「残念だが、里は黒焦げ、生存者はいないだろうさ」

 ギャトレイが言うと少女はキッと振り返り声を上げた。

「いや、生存者はいる! 皆が死ぬわけがない! お前達にはもう頼らない」

 ダークエルフの少女は歩んで行く。

「狼牙、悪いが」

「ああ、頼む」

 ウォルターがそう応じるとギャトレイは馬を駆けさせ、少女を抱き上げた。

「何をするの!?」

「クランまで連れて行ってやる。残酷かもしれないがその目で現実を確かめれば納得いくだろう」

 そうしてギャトレイはダークエルフの少女を抱えて再度、元ダークエルフの里に走り去って行ったのだった。

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