魔戦士ウォルター19

「オギャー、オギャー」

 部屋の中から紛れもなく赤ん坊の声が木霊する。

「生まれたわよ、エスケリグさん、おめでとう」

 部屋の扉が開き、リザードマンの女性が言った。

 メアリーが産気づいてから二日、今、回廊にいるエルフは涼やかな面持ちを崩さず、寝ることも無くずっと佇んでいた。

「やったな、エスケリグ」

 リザードマンの長アックスが言った。

「ありがとう。行ってくる」

 そう言った彼は少しだけ浮ついていたようにも思えた。

 そんなエルフの背を見送りながらウォルターはアックスと顔を見合わせ手を叩きあった。

 新たな命の誕生、それも新しい生活の始まった中でという状況で、冬を越すために狩りに採取に勤しんでいた者達の心を和ませた。

 エスケリグとメアリーの子供はメリーグと名付けられた。女の子でハーフエルフだ。

「ウォルター、お前の子供も早く殻を破れば良いな」

 アックスが言った。

「ああ。そういうお前はどうなんだ? 誰か相手はいないのか?」

「残念ながらな。俺はこれだけカッコいいのに誰も求婚して来ない」

「待ってるだけじゃ駄目だ」

「おう、手厳しいな」

 アックスはおどけながらウォルターに言った。

 その目が不意に真剣なものになる。

「冬が明けたらひとまず畑に植える野菜の種が必要になる。誰が行商の役を担うか」

 ウォルターはアックスの肩を叩いた。

「分かってる。とりあえず、他の奴らにも意見を出してもらおう」

「そうだな」

 その日、初冬の冷え込みの中、暖炉に薪をくべて、広間に一同は集った。

「既に交易の話は出ているのは知ってると思うが、誰が行くべきか、意見がある者は述べてくれ」

 アックスが言った。

 一同は互いに顔を見合わせた。

「では、質問を変えよう。交易商として相応しくない、いや、都合が悪い者を言ってくれ」

 するとローサが挙手した。

「ローサ殿」

 アックスが言うとローサは言った。

「うちの父さんとトリンは鍛冶仕事をやらなきゃならないから駄目だと思うの」

「ふむ、確かに」

 アックスが頷くと、幾つか同意する声が漏れた。

「アックス殿、我々ハーピィは手が無い。馬車を操ることができない」

 ハーピィ族達が声を上げた。

「オルスター殿と、トリン殿、ハーピィの方々は外れると。ショーン・ワイアット殿、何か御助言をいただくことはできますか?」

 アックスが問うと一同の目が考古学者に注がれた。

「まずは、他の里、まぁ、クランを訪れるのだ。畏怖を覚えさせる外見では駄目だろうな。一番どこの種族にも馴染み深く溶け込めるのは人間だと思う」

「ほう」

 アックスが頷き、続けた。

「しかし、人間と言うと」

 全ての視線がウォルターに集中するのを感じた。

 ウォルターは溜息を吐いた。

 実はどこか志願したかったのかもしれない。大切な仲間達に危険な目に遭って欲しくは無かったし、平和に帰りを待っていて欲しかった。

「分かった。良いだろう。俺が行く」

 ウォルターが応じるとトリンが声を上げた。

「でも、義兄上は王では無いですか。それにイーシャさんが卵を温めている最中ですよ。イーシャさんの心の支えを無くしてよいものでしょうか」

「トリンの意見は尤もだ」

 オルスターが言った。だが、ドワーフの養父は話を続けた。

「ウォルターは魔術師だ。それに武器も扱える。荒事にも慣れている。そして放浪者でもあった。これほどうってつけの人選は無いとワシは思う。ウォルター、どうする?」

 父に言われ、ウォルターは頷いた。

「イーシャと話をしてくる」

 広間を後にし、ウォルターはイーシャの部屋へと向かった。

 回廊を行き、上と下に行く階段、入り口が交わる場所のすぐ西の左手がイーシャの部屋だ。

「ウォルター、来たか」

 連絡係兼、番人のハーピィが言い、扉を叩いた。

「イーシャ、ウォルターだ」

「通してくれ」

 すぐに答えはあった。

 ウォルターは扉を開けて部屋へ入った。

 暖炉を見る。

「薪なら子供達が届けに来てくれている」

 イーシャが言った。

 孤児院の子供達のことだ。

「それで、ウォルター、お前が選ばれたんだな」

「そんなに分かったか?」

「顔に書いてある。お前の顔が少々険しく思えた」

「お見通しか」

 ウォルターは三重に敷かれた絨毯に座ったまま、卵を抱きしめているイーシャへ近寄った。

「女王として、またお前の夫として許可を貰いに来た。大事な時期なのは分かっている」

「ウォルター、お前の愛に偽りはない。それも分かる。大丈夫、お前が戻るまで皆と、この子と一緒に待っている。ウォルターはこの地に幸運を届ける使者となるのだからな。名誉なことだ」

「悪いな」

「謝るな。私は怒ってないし不満も無い」

「だったら訂正する。ありがとう、イーシャ」

「毛皮が売れるのは多くの場合冬だろう。急いだ方が良い」

「そうだな。なら、出発しようと思う」

「ウォルター、無茶だけはするな。もう、お前だけの命じゃない」

「心得て置く」

「ウォルター」

 イーシャが再度名を告げ意味ありげにこちらを見詰める。

「イーシャ」

 二人は顔を近づけウォルターは最愛の妻を抱きしめ口づけを交わした。

 そうして、リザードマンの長、アックスとエスケリグに見送られ、ウォルターは出発することになった。

 ここまで品を運ぶため、他にもリザードマンや上空からハーピィ達がついてきている。

 三頭の馬を引き、隠しておいた幌馬車の具合を確かめる。

「問題はなさそうだ」

 アックスが言った。

 荷物が次々幌付きの荷台に積み込まれる。

「お前一人を行かせたくは無かったが」

 エスケリグが言った。

「その声だけで充分だ。エスケリグ、アックス、イーシャとみんなを頼むぞ」

 ウォルターが言うとリザードマンの長とエルフ、そして人間のウォルターは手を伸ばし重ね合わせた。

「積み込みが終わったぞ」

 ハーピィが言った。

「ああ」

 ウォルターは御者席に上がり馬の手綱を握った。

 エスケリグ、アックスがこちらを見上げる。

「幸運を」

 エスケリグが見上げて言った。

「お互いにな」

 ウォルターは頷き、前に向き直る。

「はっ!」

 そして馬車を走らせる。

 じゃあな。とは言わなかった。

 果たして俺は幸運を運ぶ交易商人になれるだろうか。

 悩みはあったが、天のみぞ知ることだ。

 ウォルターは声援を受けて旅立ったのであった。

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