魔戦士ウォルター20
近場にあったのはコボルトの里だった。
犬のような愛らしい顔をした門番が二人、槍を重ね合わせて通せんぼする。
「人間か? 何の用があってここに来た?」
一人の門番が尋ねてくる。
「行商だ」
ウォルターは御者席で応じた。
するとコボルトの門番は槍先をゆっくり突き出し、ウォルターの茶色の外套に引っかけて軽く裾を持ち上げた。
「金属鎧に斧。お前、本当に商人なのか?」
「荷台を確認してくれ。毛皮と金物が入ってる」
ウォルターが言うと門番のもう一人が後ろへ駆けて行き、扉を開く音がした。
「確かに毛皮がぎっしりと、金物がある。通っても良いが、通行料は銀貨三枚だ。商売をするのなら商工会議所に届けを出すこと」
「銀貨三枚も取るのか?」
ウォルターは呆れてぬいぐるみの様な連中を見た。
「払えないなら通すわけにはいかない」
再び槍を交差し通せんぼされる。
「おい、早くしてくれよ」
後ろにならんでいるトロールが言った。
こいつら、吹っ掛けてきてるな。本当は銀貨一枚なのだろうが、残りを山分けして懐に入れるつもりだ。
殺すのは容易いが、ここで事を起こせば二度と俺達はここで商売ができなくなる。取引先を失うということだ。
「分かった、払う」
ウォルターはあらかじめ持たされていた城のみんなからのお金を支払う。
「通ってよろしい、コボルトの里へようこそ」
「ありがとよ」
「ただし、くれぐれも犯罪だけは起こすなよ。我らコボルトを侮ってもらっては困る」
いつぞや、トロールの何とかと組んだときのことを思い出す。コボルトは意外に残忍だ。
「分かった」
ウォルターは馬車を歩ませる。
剥き出しの土のわだちと足跡だらけの上を馬車は行く。
家は小さいがレンガでできている。おまけに見栄を張っているのか色とりどりの家ばかりであった。
「さて、商工会議所はどこだ」
ウォルターは周囲に首を向け、どこにも看板らしきものがないのを見ると、溜息を吐いた。
が、すぐにかぶりを振った。
イーシャ達、城の皆のためだ。
里の中はコボルトが目立つが、人間やトロール、ゴブリンもいた。
異種族の者達は鎧兜に身を包んでいた。
戦争でもあるのだろうか。
だとすれば長居はできないな。
「おい、ちょっと道を聴きたいんだが?」
ウォルターは、コボルトのおそらく老人に声を掛けた。老人だと思ったのは杖を突いているからだ。毛に覆われた顔ではそれ以外判別のしようがない。
「ん」
老人は空いている方の手を差し出した。
「ああ?」
ウォルターは面食らって握手をした。が、その手を振り払われた。
「礼儀がなっとらん!」
「礼儀だと?」
「人間、ここをどこだと思っている」
「数あるうちのコボルトの里の一つだろう?」
「その通り。ならば、ほれ」
コボルトの老人はもう一度手を差し出した。
「金だよ。銅貨二枚でも払ってやれば情報を提供してくれるだろう」
いつの間にか側にいたゴブリンの傭兵が言った。
「そういうことか」
ウォルターは助言のままに銅貨二枚をコボルトの老人に支払った。
「ケチじゃの」
相手が言った。
「だったらそれ返してくれ」
ウォルターも皆の稼ぎから出しているということで少々頭にきた。
「何が聴きたいんじゃ?」
「商工会議所はどこだ?」
「商人か。そうは見えないが、まぁいい。ここを道なりにまっすぐ行けば大きな交差点に出る。そこを北に向かって進めば、看板が出ている。ではな、人間」
老人は杖を突きながら去って行った。
「商人には見えないな。圧倒的に俺ら側に見えるぜ、アンタ」
ゴブリンの傭兵が言った。
「気のせいだろう。教えてくれてありがとよ」
ウォルターは馬車を進ませた。
程なくして様々な看板が軒を連ねてきた。
どこの種族も結局その形は単純だ。武器工房なら剣の印が、宿ならベッド、金物屋なら鍋など。
「金物屋か。そりゃ、当然あるよな」
ウォルターは自分達の商品が売れるか心配になったが、商売をしてみなければわからない。
掃除屋が馬糞拾いをしている。
民衆が右往左往している。
パンの焼ける良いにおいがしてきた。
東西南北に分かれた交差点に差し掛かった。
北だな。
ウォルターは馬を歩ませる。走らせれば誰かを引き殺すことになるだろう。大部分が小柄なコボルトだ。問題は起こしたくはない。
そうして一際大きな建物が見えてきた。
看板が出ている。が、コボルト語で読めなかった。
誰かに尋ねるか。と、思ったが、先ほどの老人との一件を思い出し止まる。
馬車を下り、とりあえず、あたってみることにした。
ノックをするが返事が無い。
ウォルターは鉄製のドアノブを回してみた。
開いている。
「おい、誰かいるか?」
だだっ広い室内には幾つか椅子が並んでいた。
だが、閑散としていた。
カウンターがある。
一人のコボルトが椅子に背を預け寝入っていた。
まずは起こすことから始めなきゃならんのか。
ウォルターは呆れつつカウンターへ近付いて行ったのだった。
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