魔戦士ウォルター21

「おい!」

 ウォルターは声を上げた。

「は、はひっ!?」

 コボルトは一瞬で覚醒し、周囲を見回した。

「何だ夢か。会長が出て来たのかと思った」

 そう言って再び目を閉じ、背もたれに体重をかけるのを見てウォルターは、苛立った。

「おい! 起きろ!」

「は、はひっ!?」

 再びコボルトは目を覚まし、周囲をまた順繰りと見渡すと溜息を吐き、再び目を閉じた。

 斧で頭をかち割ってやろうか。

 そんなウォルターだったが、事を荒立てるわけにいかない。信用こそ第一だ。俺はここで商売をさせてもらう側なのだ。

 城にいる面々の姿を思い出し、溜飲を下げた。

 でも、実際このとぼけたコボルトを起こすにはどうしたら良いんだ。

 しばし、思案し、今まで町で出会ったコボルトのことを思い出すと、ウォルターは仕方なしにカウンターに銅貨を二枚叩きつけた。

「何でございましょう、お客様。って、銅貨二枚か。おやすみなさ」

「いい加減にしろよ」

 ウォルターは再びこみあげてくる怒りを抑えながら言った。

「傭兵をご希望の方は傭兵ギルドへ行ってください。それでは」

「俺は傭兵じゃねぇ!」

「え? 傭兵じゃ無かったのですか」

「あ、いや、傭兵だが、商売もしてるんだ」

「あー、そうですか。大変ですね」

 コボルトのおそらく服装からして女は冷ややかに応じた。

「ここで商売をしたい。許可を取りに来た」

「おやおや、そうですか。でも銅貨二枚ですか。荷を検めらせていただいてからじゃないと手続きはできないんですよね」

 声からすれば若い女のようだった。

「だったら荷を見てくれ」

 ウォルターは言ったが、相手は動かない。

 いや、目は動いていた。カウンターに乗せられた銅貨を見て、ウォルターを見ての繰り返しだ。

「どこまでがめついんだお前らは!」

 ウォルターは銅貨を一枚これもカウンターに叩きつけた。

 先に並んでいた銅貨が揺れ動くが、コボルトの女はビクともしなかった。

 ただ毛深い口元をほころばせて椅子から立ち上がった。

「それではこの里での商いの許可が出せるかお客様の荷物を拝見させていただきます」

 相手はそう言った。



 二



「なるほど、毛皮に金物ですか」

 そのまま受付のコボルトの女が検分に現れた。

「それで何日間滞在される御予定ですか?」

 コボルトが尋ねてくる。

 ウォルターは考えもしていなかったので、今から思案した。

 するとコボルトが手を差し出した。

 ウォルターは溜息を吐き銅貨を握らせた。

「ウォルターさん、我々コボルトを見てどう思いますか?」

「がめつい」

「な、失礼な! そうじゃなくて!」

「小さい」

「そうじゃなくて!」

「ああ?」

 ウォルターは頭を抱えた。

「助言する気があるなら率直に言ってくれ。何のために金を掴ませたのか分からねぇだろうが」

「はぁ、気付きませんか。駄目ですねぇ。我々コボルトは毛に覆われています」

「だから?」

 ウォルターは問う。

「毛皮ですよ。こんなに大量に持って来ても売れることはないでしょう」

 そう言われ、ウォルターはそれもそうだと思った。

 だが、売らねばならない。

 いろいろなコボルトに城の仲間達の大切な金を掴ませた。それよりも少しでも儲けを出したい。だが、コボルトの助言はもっともだ。

 これは失敗だろうな。とりあえず、三日頑張ってみるか。

「三日」

「三日ですね」

 コボルトは台紙の上に乗せた羊皮紙に何やら記入していた。

「商人ウォルター殿、あなたは商工会に認められ、三日間の商業区での商売が可能になりました。こちらが許可証です。三日後、旅立たれるときにご返却ください、さもないと違約金をいただきに刺客を差し向けます。それでは、売れると良いですね。幸運を」

 案外手続きはあっさりしたものだな。と、ウォルターは思った。許可証の裏には商業区での商売の自由と三日間の滞在許可のサインがされていた。

 と、コボルトが手を差し出した。

「何だ?」

「私としたことが忘れていました。三日間の商売許可の費用をいただきます。銀貨九枚です」

「そんなに!?」

「あ、嫌ですか? 嫌なら許可証を返却いただけますか?」

「ちっ、幸先が悪いぜ」

 ウォルターは渋々金を出した。

「確かに。それでは。さ、夢の続きを見ようっと」

 コボルトは去って行った。

 ウォルターは手痛いに出費に、幸先にも暗雲を感じていたが、まずはやってみなくてはわからない。

 御者台に乗った。

 幸いこの町の北側、つまりこの通りがこの里の商業区のようだった。

 店も、またはウォルターのように行商に訪れた者達が露店を開いている。

 ウォルターは少し離れた何も無い広場の片隅に馬車を落ち着けた。

「商売か。親父に何か聴いとけばよかったぜ」

 ウォルターはそう思いつつ、自らが傭兵として各地を放浪していた時の町の様子を思い出した。

 そして頭を抱えた。今も聴こえる。単純な声だ。

「いらっしゃい、いらっしゃい!」

「安いよ安いよ!」

 これだ。商人なら声を上げなくてはならない。

 その時だった。

「おう、オメェ、ここで何するつもりだ?」

 小剣を帯びたコボルトが三人、立っていた。

「ああ、商売だよ」

 ウォルターが言うと、相手は顔を突き出した。

「ここで商売するなら場所代を払って貰おうか?」

 コボルトがここまでがめついとは。

 ウォルターはこの三人をあの世へ送ることは容易いと思ったが、騒動を起こすわけにはいかない。

「おい、払っておいた方が良いぜ」

 ゴブリンの傭兵が言った。

「お前は」

「そうだよ、先ほどぶりだな。土地には土地のルールってもんがある。ほら郷に従えって言葉だ」

 仕方あるまい。

「幾らだ?」

「銀三枚」

「ったく、ほらよ」

 ウォルターが金を差し出すとコボルトは口元をにやつかせて受け取った。

「物分かりが良い奴は好きだぜ。じゃあな」

 コボルト達は引き返していった。

「何日いるんだ?」

「三日だ」

 ゴブリンの傭兵にウォルターは応じた。

「そうかい、その間に何も無ければ良いがな」

「どういうことだ?」

 ウォルターが問うとゴブリンの傭兵は答えた。

「戦争だよ」

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