魔戦士ウォルター22

 ウォルターはゴブリンの傭兵を見ていた。

 こんなに平和なのに。

 いや、と、かぶりを振る。

 そうやっていつの日にか心変わりする前までは、他人の当たり前の平和を壊してきたんだ。俺は傭兵だ。

「この間、北のハーピィ達の里を襲った連中さ」

 ゴブリンの傭兵は話を続けた。

 奴らか。三日と決めたのは正解だったかもしれないな。

「じゃあな、商売の方、上手くいくと良いな」

 ゴブリンの傭兵は手を振ると離れて行った。

 そうだ。俺には商売がある。

 ウォルターは咳払い一つし、覚悟を決めて声を上げた。

「毛皮! 金物! いらないか!?」

 ウォルターの異色の宣伝文句に惹かれる者は、この日現れなかった。

 馬車ごと預けられる厩舎を探し、その後宿を見付けに行った。

 積み荷は馬車の中にある。不安だが仕方が無かった。銅貨を上乗せし、積み荷の安全を厩舎のコボルトに頼んだ。

 宿は大きかった。商工会議所よりも大きい。

 ウォルターは食事をすると部屋に戻り、あっという間に眠ってしまった。

 翌朝、食事をしに食堂へ行くと、あのゴブリンの傭兵がいた。

「同じ宿だったか。ホブゴブリンのギャトレイだ」

 相手は手を差し伸べた。

「ウォルターだ」

 すると相手は驚いたように言った。

「もしや、狼牙か?」

「そうだ」

 するとギャトレイはニヤリとした。

「狼牙、お前の評判は最近よくないぞ。敵に寝返ったりしたそうじゃないか」

「興味無いな」

 ウォルターはそう言うと食事を始めた。

「何で、商売人なんかになったんだ? 今の世の中、傭兵は仕事に困らないだろう」

 確かにその通りだ。だが、血に塗れたお金を城の仲間達が快く受け取るとは思えなかった。それに交易で稼ぐと皆で決めたのだ。望まれるまま大役を果たすまでだ。

 ウォルターが答えないでいると、ギャトレイが再び言った。

「昨日のお前の声を聴いたが、あんなやけっぱちでぶっきらぼうなのは駄目だ」

「それぐらい知ってる」

 大きなお世話だった。

「どうだ、一時間に付き銅貨五枚で呼び子をやってやろうか」

 その申し出にウォルターは食事の手を休めた。

「どうせ、まだまだ傭兵の出番は無い。生きてるだけで金も減って行く」

 するとギャトレイは立ち上がった。

「毛皮に金物はいらんかねー!」

 すると食堂に残っていた給仕のコボルトがこちらを怪訝そうに振り返った。

 ギャトレイは渋みのある良い声をしている。

 いや、美声だ。

 ウォルターは溜息を吐いた。

「適材適所と言うだろう。あと二日、俺を雇わないか?」

 こうしてウォルターはギャトレイを雇うことになった。

「昨日みたいなあんな広場の端っこじゃ駄目だ。もっと通りに近くなければ」

 と、言っても選べる場所はさほど残っていない。

 ギャトレイが言うがままに馬車を進めて大通りの一角に陣地を固めた。

 昨日のヤクザのコボルトが再び場所代という名目の取り立てに来たのでウォルターはギャトレイの勧めもあり気前よく払った。

「毛皮ー! 毛皮だよー! 金物もあるよー! いらんかねー!?」

 ギャトレイが声を上げているわきでウォルターは地面に座り、荷馬車の幌を取って商品を通りに向けた。

 すると、コボルト達が来たが、やはり、あの商工会議所のコボルトの女の言う通り、商品は売れなかった。

 それでもギャトレイはめげずに声を上げている。

 ウォルターが立ち上がろうとすると、ギャトレイに留められた。

「俺の声の方が通る。お前がどんなに吠えたって無駄さ」

 確かにそうだ。他の露天商もたくさんいる。彼らの慣れた声の前にウォルターの声は負けてしまうだろう。だが、ギャトレイの声は違う。他の商売人達を急き立てるような、声だった。だが、決して悪意の無い、のんびりした親しみのある美しい低い声だった。

「狼牙、悪いがやはり商品はこのクランでは売れないだろう。戦争に巻き込まれる前に移動した方が良い」

 夕食時にギャトレイが言った。

 結局、ギャトレイの見事な声に惹かれた客達も肝心の商品には興味を示さなかった。

 三日と言わずここを出て行くか。

 ウォルターもそう決意した。

 明朝、ウォルターが商工会議所に赴き、許可証を返却すると、コボルトの女は言った。

「賢い選択だと思うわよ、人間さん」

 そして厩舎まで戻ると、そこにゴブリンの傭兵、ギャトレイが待っていた。

「わざわざ見送りか?」

「いいや、違う」

「じゃあ、何だ?」

「今回の依頼を解約してきた」

 つまり傭兵としての仕事のことだろう。

「何でそんな真似を?」

「狼牙、俺を道中に加えてくれないか?」

 その申し出にウォルターはさすがに驚いた。

「お前さん一人じゃ、売れる物も売れないだろう。それに万が一、荷を離れることがあれば番をしている人物が必要だ」

 確かにそうだとウォルターは認めた。

「だが、何で?」

「ただの興味本位だ。魔戦士ウォルターがこの先、どう生きてゆくのか、側で見たくなった」

 ギャトレイの美声は得難いものだろう。願っても無い申し出ではないか。

「分かった。よろしく頼む、ギャトレイ」

 ウォルターは手を差し伸べた。

 ギャトレイが応じる。

 相手が満面の笑みで頷いた。

「ここから近いのはトロールのクランだ。さっそく出発しようぜ、狼牙」

「ウォルターで良い」

「分かった、ウォルター」

 こうして数奇な運命のもと、ホブゴブリンの傭兵ギャトレイがウォルターと共に行くことになったのだった。

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