魔戦士ウォルター23
三頭の馬に引かれた幌馬車はゆっくりと進む。
御者台にはウォルターが座り、その隣をゴブリンの、いや、ホブゴブリンの傭兵ギャトレイが歩む。
荷台には毛皮が満載で、金物も少しあったが、ギャトレイも充分乗ることができた。
だが、彼は馬車が駆ければどこまでも駆けて馳せ参じるつもりだと言った。
自分はあくまでもウォルターに雇われた傭兵であり商人だとも述べた。
何故、ここまで肩入れするのか。ウォルターには理解ができなかったが、ホブゴブリンは笑ってこう言うだけだった。
「狼牙と呼ばれたほどの男がどれほどの者か見て見たかった。それに、どうやら不器用なお前さんだけでは商売は成り立たないだろうからな」
ウォルターは同情のつもりだと決めていた。だが、実際、ギャトレイの力は役に立つ。戦士としては分からないが、商売人としてならうってつけの素質を持っている。それがコボルトの里で分かったことだ。
不意に、前方、遠くに黒い煙が上がっているのが見えた。
「何だ?」
「どうした、狼牙?」
ウォルターで良いというのにギャトレイは気付くといつも渾名で呼んでいた。
もう慣れた。
「煙が上がってる」
「ちょっと失礼」
ギャトレイが御者台に上がった。
ウォルターには霞の様な黒い煙が幾つも上がっているのしか見えなかったが、ギャトレイの目は違った。
「火だな。火事だ。建物が燃える方のな」
「戦か?」
「かもしれん」
引き返せばコボルトの里だ。
再びいろいろと金をせびられるだろう。ならば進むしかない。
「狼牙、トロールのクランは通り過ぎていった方が賢明だろうな」
「そうするか」
ギャトレイの提案にウォルターは頷いた。
だが、ウォルターには聴こえた。ギャトレイにもだろう。
前方から集団が歩んで来る。
人間達だった。
彼らは薄汚れ、血の滲んだ鎧を来ていた。
敗走して来たか?
ウォルターがそう思った時だった。
前方の集団が目の前で素早く広がった。
こちらの馬車を半分包囲している。
「何の真似だ?」
ウォルターが問うと一人が応じた。
「ここを通りたければ馬車を置いていきな」
ああ、盗賊か。
馬車には商品もある。ウォルターの命よりも大事と言っても過言ではない。
ウォルターはかぶりを振った。
「交渉決裂で良いんだな、狼牙?」
ウォルターはギャトレイに頷く。そして述べた。
「大人しく通してもらえないか?」
「そうもいかねぇのよ。それ、やっちまえ!」
左目に黒い眼帯をした頭目らしき男が声を上げると手下どもが手に手に得物を持ち、薄ら笑いを浮かべて近付いてくる。
だが、そこに一瞬にして果敢に飛び込む影があった。
血煙が幾本も上がり、頭が大地に転がる。
「傭兵崩れの三下ってところか。俺だけで充分だ」
ギャトレイが剣の血を振り払い言った。
「まずは俺が相手をしてやる。ロクに場数も踏んでない腑抜けに腰抜け共」
「ゴブリンめ! 奴を殺せ!」
手下が殺到する。
ウォルターは動くわけにはいかなかった。手綱を放すことになる。これは俺の全てだ。
ギャトレイが次々血だまりを作り上げ、その下に幾つもの盗賊の手下が沈んで行く。
だが、このギャトレイもあるいは、俺の全ての一つなのかもしれない。
手綱を放す。馬は暢気なもので気付いていない。
魔術を使えば驚かせてしまうだろう。
斧を引き抜き、ウォルターはギャトレイの脇に飛び込んだ。
途端にギャトレイの剣がウォルターの斧と打ち合った。
「おいおい、狼牙、いきなり飛び出してくるなよ」
盗賊の数は五十ほどか。
ウォルターは謝りもせず、敵勢の中へ躍り込んだ。
その動きを見切れない以上、ギャトレイの言うようにこいつらは俄か戦士共だ。
数だけを頼みにする、腰抜け、烏合の衆。
ウォルターは果敢に敵へ敵へ斬りかかった。
戦斧は頭を叩き割り、腕を分断した。
溢れる悲鳴の数々、響く断末魔。
「こいつら本物だ! 商人じゃねぇ、本物の戦士だ!」
僅かに残った盗賊共が顔面を蒼白にし、後ずさりする。
ウォルターを見る目はもはや怯えでしかない。
「狼牙、こいつらどうする?」
ギャトレイが言った時だった。
眼帯の親玉が何か玉のような物を投げつけた。
それは炸裂音を上げ、煙となり視界を閉ざした。
「煙幕か」
ギャトレイは多少感心したようにそう言った。
「覚えてろ、大親分がお前達を必ず殺す!」
その声の後、視界が晴れるとそこには屍と血が残されているだけだった。
「大親分か。たぶん、トロールのクランに居残ってるんだろうな。どうする狼牙? わざわざ大親分の首を取りに行くかい?」
ふと、ウォルターにはある一計が思い浮かんだ。
「手下は大したことが無かった。大親分とやらも多少はやるかもしれんが、俺とお前の敵では無いだろう」
「お前、欲深いな。盗賊共を討ってトロールに恩を着せようという考えかい?」
「その通りだ」
ウォルターはニヤリとした。
恩を着せトロールに品を買わせ、その金でどこかで作物の種を得る。
本当のことを言えば、ウォルターはあの古城へ戻りたかった。
イーシャの声を聴きたかったし、いつ殻を割るかもわからない、自分の子供のことが気がかりだった。
「ギャトレイ、お前、なかなか強いな」
「まぁな。場数だけは踏んで来た。お互い歴戦の強者だな、狼牙。お前さえいれば三下の敵どもが千人、いや万人いようが、負ける気はしないな」
「そうだな」
ウォルターは御者席に戻った。
ギャトレイも馬車の隣に並ぶ。
二人は新鮮な屍と血の溜まりの残った街道を後にしたのであった。
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