魔戦士ウォルタ-24

 勝者の笑いと敗者の悲鳴が聴こえる。

 トロールの里は人間達に占拠され、首に縄を着けられて捕虜達は数人がかりの侵略者の手によって引きずられて行く。

 そこかしこで、親子が恋人が名前を呼び合い、別々の方角へ引き立てれていった。

 傭兵をやっていた頃は捕虜すら取らなかったが、それで良かったとウォルターは思った。こんな胸糞悪いことに手を染めていたら今の仲間達の前には出られなかっただろう。

「どうする狼牙?」

 ギャトレイが尋ねてくる。

「決まってる、侵略者どもをやる」

 ウォルターは鉄兜を被り、バイザーを下ろした。

 そして手近でトロールを引っ張っている者の前にふらりと現われ、こちらを向いた瞬間には斧がその頭を叩き割っていた。

「な、なんだテメェは!?」

 状況を目の当たりにした三人の人間がトロールの縄を持ちつつも、抜刀した。

「こう言う者だ」

 ギャトレイが走り三人の人間を瞬く間に斬り捨てた。

「よろしくな」

「あ、あなた方は?」

 若いトロールの娘が尋ねてきた。

 娘とはいえ、体格は自分達よりも大きくガッシリとしていた。

「旅の者だが、この惨状を捨て置けぬと思ってな」

 ギャトレイはそう言った。

「ありがとうございます! みんなを助けてくれませんか? 町の東口に」

「分かった、東だな。行こうか、狼牙」

 燃え上がる建物、略奪の大半は終わってしまったのだろう。街道で出会った三下どもは次なる標的コボルトの里の偵察に出ていたのだろう。

 トロールの抵抗する声が聴こえる。盗賊共の怒号が木霊する。

 身体の大きなトロールを引き立てるのはオークやオーガーでも苦労するだろう。それをましてや人間がやろうとしているのだ。なぶり殺し寸前まで痛めつけて抵抗できなくなったところを引っ張る。そんなところだ。

 トロールの娘の言う通り、あるいはウォルターの予想通りの光景がそこに広がっていた。

 町の東側は傷を負ったトロールと、それを従順になるまで、つまりは瀕死になるまで鞭打つ盗賊共の姿が見えた。

 あちこちで同じことが行われている。

 魔術を使いたいところだが、トロールまで巻き沿いにする恐れがある。

「行こうか、狼牙」

「ああ」

 ギャトレイの言葉にウォルターは頷く。二人は得物を提げて手近の盗賊のところまで歩む。そして刃を振るった。鋭い風の音を残しトロールを痛めつけていた盗賊の首が二つ転がった。

「な、何だテメェら!?」

「商人だ」

 顔を覆うバイザーの下からウォルターはそう言うと斧を振り下ろす。

 兜をつけていなかった盗賊は一刀の下に自らの血の海に沈んだ。

「敵だ! 敵襲だぁっ!」

 我に返った盗賊達が叫んだ。

 路地裏から、建物の中から虫の如く盗賊達は湧き集まる。

「エクスプロージョン!」

 ウォルターはここぞとばかりに魔術を使った。

 盗賊達が吹き飛び、炭となって地面に呆気なく落ちた。

「魔術師がいるぞ!?」

「魔術か。初めて見たが、凄いものだな」

 口ほど感心する様子もなくギャトレイが言った。

「ここから先は、斬り進む」

「了解!」

 ウォルターの言葉にギャトレイは余裕たっぷりの様子で応じた。

「魔術を撃たれる前に叩け!」

 盗賊の誰かが言うと、途端に敵勢は突進してきた。

 自信たっぷりの様子だ。

 肉薄する。

 ウォルターは肉壁を斬って斬って斬りまくった。

 隣でもギャトレイが同様に剣を振るっていた。

「強いぞ、こいつら!」

 盗賊達は三十人程だろうか。屍を合わせれば百以上はいただろう。戦意を喪失し、動きが止まる。

「どうした、かかってこないのか?」

 ギャトレイがニヤリと微笑む。長い体毛と金属の鎧からは血が滴り落ちている。

 ウォルターも自分も同じ有様だろうと思った。

「どうする、狼牙?」

「大人しく手を引け!」

「何を手間取っている!」

 ウォルターが言うと、大声を発し近寄って来る者がいた。

 巨漢だった。人間版トロールとでもいえそうな図体に、鎖帷子を纏っている。

「こ、これは!?」

 巨漢は目の前の光景に驚くと、こちらを見た。

「お前が首領か?」

 ギャトレイの低い美声が問う。

「ゴブリンに得体の知れないのが一人。たった二人にこの様か!?」

「そうなんです、お頭、お力を貸してくだせぇ!」

「よもや俺の出番が来るとはな」

 盗賊の首領は両手持ちの剣を腰から抜いたが、その得物は通常の物より更に大きく長かった。

「どっちでもかかって来い!」

 こちらを見据えながら相手が言った。多少は情けがあるのか、やられた部下を思ってか、眦は怒りを帯びていた。

「だ、そうだ。さっそく雇われ兵の仕事ができたな」

 ギャトレイが意気揚々と敵の頭目に向かって歩んで行く。

「うおおおっ!」

 敵は大剣を振り上げ、こちらに向かって突撃してきた。

 ウォルターに見えたのはギャトレイの影と重い風を孕む音だった。

 敵の剣をギャトレイは悠々避けて跳躍と共にその無防備な喉首を掻き切った。

「うぐおあ!?」

 声にならない声を上げ、血を飛散させながら盗賊の頭目は最期の舞を踊り、地面に倒れ、二度と動かなかった。

「こいつは俺が使うには重いな」

 ギャトレイが片腕で盗賊の頭の大剣を持ち上げようとしていた。

「う、うあわあ、お頭がやられた!」

「逃げろー!」

「ひいいっ!」

 敵はあっという間に目の前に消えた。

「終わったな」

 ウォルターが言うとギャトレイは首を振った。

「いや、これからだろう?」

「そうだった」

 余力のあるトロール達は口々に礼を述べる。

 仲間を介抱している者もいる。

 初冬の寒さは真新しい傷だらけにされた身体には応えるらしく、毛布や毛皮が次々運ばれてきた。

「そら、ウォルター」

「ああ」

 ウォルターは馬車まで駆けた。

 が、そこにあった荷は金物だけだった。

 あれだけ満載だったはずの毛皮が無い。

 里のあちこちで配られている毛皮を見る。

「二人で行かなきゃ良かったな。俺かお前ならどっちか一人で充分だった」

 ギャトレイの言葉にウォルターは溜息を吐いた。

 毛皮はトロール達が接収してしまったのだ。

 トロールの里の族長が礼を述べに来た。

「残念ながら我が里も此度の事で金に物資が必要になった。真に申し訳ないながらお礼できる物が無いがお許し下され」

 見上げるほどの老トロールが杖を突きながら言った。

 そしてこちらの様子など気にもしない様子で去って行った。

 回収してもトロールの血だらけの毛皮など売り物にはならない。と、当然断言できる。

 うなだれるウォルターにギャトレイが言った。

「良い人助けだったじゃないか、ウォルター。そのうち俺が歌にでもしよう」

 肩を叩かれ、ウォルターは報われない気持ちのまま深いため息を吐いたのだった。

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