魔戦士ウォルター25
「まぁ、こんな日もあるさ、狼牙。お前はトロールを救って恩を着せようとしていた。だが、いつも自分の望んだとおりにことが運ぶとは限らない。トロールの長がせめて礼の言葉を述べてくれただけでも多少は報われた」
「多少はな」
トロールの里を早々に離れ、軽くなった幌付き荷馬車は次なる目的へと向かう。ギャトレイが慰めてくれたが、ウォルターにはそんなことよりも焦りがあった。どんな顔をして城へ、イーシャのもとへ戻れば良いのだと。
日が暮れてきたため、街道脇で野宿となった。
ギャトレイは盗賊の頭目から奪った巨大な剣の刃を磨いていた。
よほど手入れがなされてなかったのか、剣は砥石が走る度に焚火の灯りが刃を煌めかせていた。
「狼牙、こいつはちょっとした拾い物をしたかもしれないぞ」
「どういうことだ?」
「これほどの剣を扱えるのはオークか、オーガーだ。ドワーフにリザードマンとミノタウロスは斧だからな、自然と的は絞られる」
「売り物になるってことか?」
「そうさ。まぁ、中古だが金貨五十枚というところにはなるだろう」
金貨五十枚。それだけあれば、どれほどの作物の種が手に入るか分からない。ウォルターは一気に気分が良くなった。
「だったらこいつを売り飛ばして、買う物を買って引き上げるまでだ」
「ワハハハッ、俄然やる気が出て来たようだな狼牙」
向かいに座るギャトレイは笑い飛ばすと言った。
その日、ウォルターは夜中まで番をし、そこでギャトレイと代わり、最高の気分で朝まで寝たのであった。
朝起きると、ギャトレイの姿が無かった。
便所だろうか。
ウォルターは火を起こし、ギャトレイの帰りを待ったが、四十分位過ぎても彼の戻る気配は無かった。
どうしたのだろうか。この辺りは森だ。ギャトレイは遭難してしまったのだろうか。
そんなことを考えつつ、昨日の彼の言葉が甦った。
金貨五十枚の剣。
ウォルターはハッとして荷馬車の中を覗く。続いて馬車の下、周囲の草むらを見渡すが目的の物は無かった。
やられた。
剣をギャトレイに奪われたのだ。
傭兵なんてこんなものだ。
ギャトレイを必要としていた自分に呆れ、腹が立った。
無意識の内に彼を信じていたのだ。
その時、右手の草むらが揺れ、ギャトレイが飛び出してきた。
「狼牙、すまん」
開口一番ギャトレイはそう言い、深く頭を下げた。
どうやらギャトレイは裏切ったわけではなさそうだ。
「どうしたんだ? あと、剣は?」
ギャトレイは顔を上げた。
「奪われた。ブリー族の盗人だ」
「ブリー族?」
ブリー族とは一般的に小人とも称されている。人間やエルフに似ているが、身長が人間の子供ほどの大きさしか伸びず、耳が紅葉型をしているのだ。全種族の中で一番陽気な奴らだ。
「十人はいたな。いや、すまん、言い訳はせん」
「追跡は失敗したのか?」
「ああ、面目ない」
ウォルターは心の中で溜息を吐いた。
上手くいかないものだ。
「分かった。とりあえず、飯だ」
「俺の処分は?」
「特に無い」
「寛大なのはありがたいが、それじゃあ、俺が納得いかねぇ」
ギャトレイは真剣な目でこちらを見ている。
「だったら考えてくれ。この先どうやって稼いで行くか。残った荷は金物だけだ。これをどうにか売って元手にして、金を稼ぐか」
傭兵として金を稼ぐという考えだけは過ぎったが、止めにした。綺麗な金で買った作物の種を皆に手渡したい。
「俺も変になったな」
ウォルターはふとごちた。
「金物はドワーフの親父さんが打ったものだろう? ドワーフ製なら意外と売れるかもしれない」
ギャトレイが言った。
ふと、何故、自分を起こさなかったのか気になったが、起こす暇も無かったのだろうとウォルターは納得した。
「次は人間の里だ」
ギャトレイは再び口を開いた。
「人間だったらドワーフ製の名に惹かれるだろうな」
ウォルターはそう応じる。
二人は食事を済ませ、焚火の後を消して、再び歩き出した。
人間の里に着いたのは夕刻だった。
鉄格子が既に閉じられ、内側に槍を持った番兵が二人いた。
「人間と、ゴブリン。いや、ホブゴブリンだな。何しに来た」
「商売の途中だ。ドワーフ製の金物を売りに来た」
ウォルターが言うと、門が開かれた。
「騒ぎを起こすなよ」
番兵はそう言い、ウォルター達の通行を許可した。
里は賑わっていた。
ゴブリンもトロールもオークもオーガーもいる。
既に飲み始め遊女をはべらせ酔いが回っているようだった。おそらく架空の功績だろう。自分の自慢話を遊女に聴かせていた。そこにまた一人、また一人と加わり、一人の遊女を巡って乱闘騒ぎになったところに治安警官が駆け付け、全員逮捕となった。
「お兄さん、今晩いかが?」
残された遊女が声を掛けてきた。
「いや、それより厩舎の場所を教えてくれ」
ウォルターは銀貨を一枚握らせた。
「太っ腹ね」
そう言われ、ウォルターは照れた。
遊女に道を教えてもらい、厩舎に辿り着く。
管理人に馬車の警護を頼むため銅貨を二枚余分に支払った。ギャトレイが厩舎に残ると言ったが、ウォルターはそこまで責任を感じるだけで充分だと思った。
二人で酒場へ向かっている時だった。
「あ、おじちゃん!」
ブリー族が声を掛けてきた。
「おじちゃんだ!」
ブリー族のおそらく子供だろう。たくさん集まって来た。
「知り合いか?」
ブリー族に良い印象を抱いていなかったのでウォルターは彼らを睨み付けながらギャトレイに問う。
だが、その前にブリー族の子供達が大声で言った。
「ありがとう!」
「どういうことだ?」
面喰いつつもウォルターはギャトレイに尋ねた。
「あ、あなたは!」
薄明かりの向こう側から声がし、一人の人物が駆けつけてきた。
ブリー族の男だった。ちょび髭がある。
「昨日はありがとうございました」
丁寧に礼を述べるブリー族の父の目はギャトレイに向けられていた。
「狼牙、すまん。全て話そう」
昨晩、ウォルターが寝ているときに、このブリー族の家族が通りがかったのだ。そこで食事を求められ、彼らが困窮していることを知った。たくさんの子供達の飢えた顔を見て、ギャトレイは思わずあの剣を差し出したらしい。
「本当にご恩は忘れません」
ブリー族の一家は何度も何度も頭を下げそう言うと去って行った。
「狼牙、嘘をついてすまない」
改めて謝罪するギャトレイに、ウォルターは怒る気すら起きなかった。
こうして一つの家族が救われたのだ。それは素晴らしいことではないか。そんな考えが脳裏に浮かぶ。イーシャの伴侶となり、子供まで授かった。だからだろうか。
「ギャトレイ、お前はお人好しだな」
「あ、ああ」
しどろもどろのギャトレイにウォルターは彼の肩を叩いた。
「飲んで食おう。行くぞ、ギャトレイ」
「ありがとうな、狼牙」
二人は夜の薄闇の中、肩を並べ、賑わう建物に挟まれた道を腹を満たすために行ったのだった。
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