魔戦士ウォルター26

 翌日、ウォルターは賑わう大通りの一角に馬車を止め、そのまま商売に入った。

「どれ、やるか」

 ギャトレイが言い、ウォルターは商品を地面に敷いたむしろの上に並べる。

「さぁ、さぁ、ドワーフの打った金物だよー! 頑丈で長持ちするよー!」

 ホブゴブリンの傭兵は持ち前の低い美声で声を上げた。

 すると他の店主も負けじと声を上げる。

 誹謗中傷合戦ではないが、声を上げることで客の目を引かなければならない。

 ギャトレイが声を出し続けるが、客足は向いてこない。

 ウォルターはただ座していたが、苛々していた。

 このままで良いのか。

 俺はこれを売らねばならない。売って金を得なければならない。作物の種をみんなの耕しているであろう畑に植えるために持ち帰らねばならない。俺には使命がある。

 愛するイーシャの顔を思い浮かべる。

 イーシャ、やってみる。

「ドワーフ作の金物はここだー!」

 ウォルターは立ち上がると大音声で呼んだ。

「狼牙、よし」

 ギャトレイが横目でウォルターを見ると微笑んだ。

「ドワーフの打った金物は要らんかねぇ!」

「ドワーフ作の金物はここだぁっ!」

 もはや恥ずかしさも無い。むしろ、雇ったとはいえ全てをギャトレイに任せて座っているだけの自分こそ恥ずかしい。ウォルターは声を上げ続けた。叫び慣れていないため風邪のように喉がいがらっぽくなってきたが、頑張った。

 すると客が現れた。

 だが、珍客だった。

 背が低く、髭はあるがまだ薄い。切り株が歩いているようだ。それが十人ほど、店の前を占拠した。

 ドワーフか。

「いらっしゃい」

 ギャトレイが応じる。

「調理器具がほとんどの様だな」

 若いドワーフの一団の一人が言った。

「ええ、左様で」

 ギャトレイが腰を低くして応じる。

「さて、拝見」

 ドワーフ達が一挙に商品を手に取る。

 と、その顔が驚きに変わった。

「こ、これは! 素晴らしい!」

「おお!」

 ドワーフ達が声を上げる。

「何が素晴らしいんだ?」

 ウォルターはギャトレイに尋ねた。

「俺達には気付けない、同族の匠にしか分からないことなんだろう」

 ホブゴブリンの傭兵はニヤリとして声を潜めて答えた。

「本当にこれはドワーフ製のようだ! 打ったのは誰だ?」

 鬼気迫らんばかりに一人のドワーフがギャトレイに詰め寄った。

「俺の親父だ」

 ウォルターが答える。

「お前の? これが人間の作品だと?」

「ドワーフだ。俺はそのドワーフに拾われた」

「そのドワーフの名前は?」

「オルスター」

 ウォルターがそう言った瞬間、ドワーフの若者達は雷に撃たれたように身を硬直させた。

 そして目を瞬かせた。

「あのオルスター殿が存命とは! 居場所を知りたい!」

 そう言われ、ウォルターは迷った。今はまだ今までの連中だけで良い。オルスターにもトリンという立派な弟子がいる。

「悪いが言えないね」

「金を出そう、金十枚」

「おいおい、狼牙?」

 ギャトレイが驚いたように言うがウォルターは頑なに拒んだ。

「幾ら詰まれようが居場所は教えられないな。で、買うのか、買わないのか?」

「悪いが間に合っている」

 一時の間を置いてドワーフの若者達は言うと揃って商品を置いて去って行った。

「また、どうぞー!」

 ギャトレイが声を上げる。

「悪いな、ギャトレイ」

「気にするな、お前にはお前の事情があるんだろう。まだまだ商売は始まったばかりだ」

 そうしてギャトレイは声を上げる。ウォルターも叫んだ。

 するとドワーフ製というのが響いたらしい、客が何人か現れて買って行った。

「やったな、狼牙」

「ああ、そうだな」

 二人は今日の商売を終え、酒場で食事を済ませた後、宿に戻る予定だった。

 満月が夜道を淡く照らしている。

 周囲の喧騒は遠いものに思えた。

 その時だった。

 路地の先に集団が現れ、道を寸断した。

「おい、狼牙、俺らに用があるらしいぞ。治安警官の厄介にはなりたくないが」

 集団は黒ずくめだったが、背が低かった。側の建物から漏れる灯りが揃って斧を手にしているのをあらわにする。

「オルスター師の居場所を言え。さもなければ、お前達を殺す」

 若い声が言った。聞き覚えのあるもので、その背丈といい合点がいく。

「あの時のドワーフ達か。悪いが親父の居場所は教えられん」

「オルスター師は我々の憧れる、尊敬して止まない方だ。お前達はきっと師を監禁して無理やり作品を作らせているのだろう!?」

「もっとマシな言いがかりにしたらどうだ。来いよ、俺の斧とお前達の斧、どっちが強いか勝負といこうじゃねぇか」

 ウォルターは斧を抜いた。

「加勢するぞ」

 ギャトレイが長剣を腰の鞘から抜刀する。

 ドワーフ達は一人が声を上げ、もう一人が更に続き、斧を振り上げて襲い掛かって来た。

 が、受けるほどの一撃では無かった。

 武具の扱いの腕前は素人だ。避けてすれ違いざまに斧の柄の先端で顎を突く。

「うぐっ!?」

 相手は倒れた。

 二人も同じだ。斧を力任せに二度、振るうがウォルターには当たらない。

 変わりに懐へ迫って頭突きをお見舞いした。

「ぐえっ!?」

 気付けば襲撃者達はのびていた。

「狼牙、こいつら腕っぷしは素人だな」

「ああ」

 ウォルターが頭巾を剥ごうとした時、ドワーフの一人が起き上がって、大声を上げた。

「喧嘩だ! 喧嘩だぞおおおっ!」

 治安警官の世話になるのは商人として致命的だ。酒も入っている。不利だ。

「何で俺らがと思うが、退くぞ、狼牙」

「ああ」

 夜道の中をギャトレイとウォルターは駆け、宿へと辿り着いた。

「お戻りですか」

 宿の主人が言った。

「その通りだ」

 そしてギャトレイは銀貨を一枚カウンターに置いた。

 温和そうな店主の目の色が険しくなる。

「俺達が泊っていることは黙っていてくれ。ちょっとばかし変なのに追われてるんだ」

 ギャトレイが言うと店主は頷いた。

「分かりました」

 そうして部屋へ引き上げ、二人は人心地着いた。

「しかし、厄介なのに絡まれたかもしれんな。もしもこの先、災いになるような真似をしてくれたら、斬り捨てるか」

 今、あの古城に余計な者を招くわけにはいかない。何の準備だってできていないのだ。それこそ、何者かに情報が洩れ、侵略の対象となれば勝つことはできないだろう。

「ああ、斬ろう」

 ウォルターが言うとギャトレイは頷いたのだった。

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