魔戦士ウォルター27

 ドワーフの一団がこれで諦めたとは思えない。

 しかし、ウォルターは商売を続けることにした。

「いらっしゃい、いらっしゃい、ドワーフの打った金物はこちらだよ!」

 慣れたようにギャトレイが低い美声を張り上げる。

「ドワーフの打った金物はここにあるぞ!」

 ウォルターも若干自分の言葉に違和感を覚えつつも積極的に声を上げた。

 ギャトレイがいてくれるからこうして商売根性が芽生えたのだ。そこはホブゴブリンの傭兵に感謝していた。

 人々やトロール、オークが集まって来て品物を物色している。

 さすがに金物はありふれているため、なかなか購入にまで踏み切る客はいなかった。去って行くその背に「またどうぞー!」と、ギャトレイが声を掛けた。ウォルターはギャトレイほど寛容にはなれなかった。その背を悔し気に見やるだけだった。

「顔が怖いぞ、狼牙。笑って笑って」

「うるせぇ」

 元気づけているのか茶化しているのかそんなギャトレイの言葉に苛立ちをぶつけ、再び客を呼ぶべく声を上げた。

「こいつらです」

 正午、昼食も返上で商いに精を出していると、突然、目の前に治安警官が三人立っていた。

 何の用だと、思った時には、その背後に十人の若いドワーフらが立っているのが見えた。

「お前達、このドワーフ達から商品を盗み、それを売っているそうだな」

 治安警官の一人が言った。

「何だって?」

 ウォルターは驚きの声を上げた。

「そうです、その通りです」

 ドワーフ達は声を上げた。数だけは多いので人目に付きやすく、野次馬が次々現れた。

「商売あがったりだな」

 ギャトレイが溜息を吐いた。

「お前達二人を窃盗の容疑で逮捕する」

 治安警官がそう宣告する。

 たいして強くも無いだろう。ウォルターは腰の斧に手を掛けた。

「待て待て、ちょっと待ってくださいよ、おまわりさん」

 ギャトレイが間に入った。

「俺達は盗みなんかしてないですよ。そちらのドワーフの方々の言いがかりですよ」

「黙れ、それ引き立てろ!」

 二人の治安警備兵がそれぞれウォルターとギャトレイの手を掴む。

 ドワーフ達が薄いひげの下でしてやったりという笑みを浮かべている。

 考えなくとも分かる。治安警官らは買収されている。

 結局、ウォルターとギャトレイは、公衆の面前で堂々と引き立てられて行ったのだった。

「あの金物屋さんだわ」

「何でも盗んだ品を販売していたらしいわよ」

 などという声が周囲から聴こえている。

「こりゃあ、もうここで商売はしたくても無理だな」

 ギャトレイがぼやいた。

「黙って歩け!」

 警棒でギャトレイの脚を殴打し治安警官達は、詰め所まで引き立てて行った。

 詰め所は町の東側の入り口付近にあった。

 どんな取り調べが待っているのだろうか。

 ウォルターはそう覚悟していたが、独房にぶちこまれただけだった。

 ただし独房はギャトレイとは別だ。

 鎧は脱がされ、装備も奪われた。

 置いて来た荷馬車と商品が気になった。

「おい、俺達にも弁明の機会が与えられるもんじゃ無いのか!?」

 ウォルターは牢の鍵をかけて去ろうとする治安警官の一人に向かって怒鳴った。

「そんなものは認められん」

 そう言い残して治安警官は去って行った。

「おい! 待て! 俺達は盗みなんかしていない!」

 扉が閉じる鉄の物々しい音が響いた。

「狼牙、無駄だ。気付いてると思うが奴ら買収されている」

 だが、扉が開く音がした。

 複数の足音がこの静寂極まる石の壁の空間に高らかに反響した。

「ふふん、どうかな、盗人君達」

 燭台の灯りが照らす。現れたのはドワーフ達だった。

「お前ら! よくもやってくれたな!」

 ウォルターは鉄格子を掴み顔を迫らせ、ドワーフ達に向かって声を荒げた。

「ここから出たいのならオルスター師の居場所を教えてもらおうか?」

 ドワーフ達が哄笑する。

「言うわけにはいかねぇな」

「だったらお前達は一生このままだ。人の一生は短い。こんなところでムザムザ年老いて行くのもみじめで嫌だろう? さぁ、オルスター師の居場所を言え」

「誰が言うか」

 ウォルターが言うとドワーフ達は斧を振り上げ鉄格子を叩いた。

 甲高い音が木霊するが、ウォルターの心は動揺しない。それにしてもと思う。こいつらの斧も業物なのだろうに、こんな持ち主達じゃ宝の持ち腐れだよな。

「警察の旦那! 便所に連れて行ってくれ。大きい方だ。もう漏れそうだ!」

 ギャトレイが悲痛で情けない声を上げる。

「ちっ、仕方のない奴だ」

 治安警官が二人がかかりでギャトレイを連行した。

「さぁ、大人しく吐け。独房の不味い飯なんか食べたくはないだろう?」

「オルスター師はどこにいる?」

「さぁ、言え!」

 ドワーフ達が声を上げる。

 ウォルターは相手にするのも疲れた。

 どっかりと座り込み、腕組みする。

 このままでは城の皆のもとには帰れないだろう。

 多少危険はあるが、こいつらに城の場所を教えてしまおうか。

 俺には商売をして作物の種を山ほど持ち帰るという使命がある。

 心が揺らいでいる。

 だが、こんな軽率な奴らだ。尚更城の場所を教えたいとは思わない。

 どこかの里に情報が漏れ、侵略されるかもしれない。

「面会はそれまでだ」

 治安警官が戻って来るとそう言った。

「待て、まだこいつには聴きたいことが」

「うるさい、とっとと消えろドワーフども! さもなければお前達を牢に押し込めるぞ!」

「何だって? あれだけ掴ませたのに! 人間とはなんて信義に欠けた連中だ!」

 それはこちらの台詞だろう。

 ウォルターはそう思いつつ、牢が開くのを見守り立ち上がった。

「釈放だ」

 治安警官が言った。

 ウォルターはとりあえず牢を抜け事務所を通り外へ出た。

 久々に陽光を浴びた気分だった。

「よう、狼牙」

 ギャトレイが立っていた。

「お前が何かしたのか?」

「ああ、懐は痛んだが、あいつらと同じやり方でな」

 治安警官に金を掴ませたのだろう。それも相場よりも法外なほどの額を。

「助かったぜ」

 ギャトレイに荷物を渡され、ウォルターは鎧を身に着け斧を腰に提げた。そして茶色の外套を上に羽織る。

「どのみち、町の連中は俺達の嫌疑が晴れても簡単には寄って来ないだろう。もともと、二人の傭兵が商売をしているようなもんだ。せっかく掴み取ったのにな、信頼を」

 ギャトレイが口惜しそうに言う。

「そうだな。もうここでは商売ができない。出て行こう」

 ウォルターは残してきた荷馬車と商品が気になっていたが、駆け足で戻ると、いずれも無事であった。

 あんな治安警官がいても、町は平和らしい。

 ウォルターは商品を集めて幌付き荷台に入れる。

 そして御者席に乗ると、隣にギャトレイを付き添わせ、東に向けて早々とこの里を後にしたのであった。

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