魔戦士ウォルター28

 オーク。

 猪のような頭部と牙を持ち、オーガーに負けず劣らずの闘争本能が高い種族だ。

 だが、武人気質な一面もある。弓や飛び道具は一切使わない正々堂々とした連中だ。

 門は開け放たれ、屈強そうな筋肉質の身体の番人が半裸の状態でウォルター達の通行を許可した。

 オークの里には彼の種族だけしか姿が見られなかった。

 市場は無かった。

 里と言っても何家族が寄り集まった小規模の里の様だった。

 藁ぶきの雑多な住居が並んでいる。

 裏は既に刈り取られた膨大な農地だった。

 ここなら種が手に入るかもしれない。

「狼牙、やるか」

「ああ」

 二人は一番人通りのある道を選び、店を構えた。

 敷いたむしろの上にドワーフのオルスターが売った商品が並べられる。

「金物は要らんかねぇ、ドワーフ製の丈夫な金物だよー!」

 ギャトレイが声を上げる。

「ドワーフ製の金物だー!」

 ウォルターも続く。

 自給自足の生活の様で他に商人や、店らしきものは見当たらなかった。

 オークを相手にするのだ。容貌魁偉、それだけでも神経をすり減らす者が多いことだろう。

「ドワーフが打った物だと?」

 オークが一人近付いてきた。腰には見るからに重い剣が吊り下げられていた。

「そうだよ、旦那、軽い上に長持ちするよ。わぉ、まるでミスリルかもね?」

 ギャトレイがブリー族のように一人おどけると、オークは顎に手を持って行き思案している。

「大鍋を一つ貰おう」

「毎度!」

 こうしてこの日は大鍋が一つ売れたきりだった。

 あとは冷やかしの子供と女達だけだった。

 二人はオークの族長に許可を取り、里の一角で幌馬車の中で揃って眠りにつくことになった。

 雨が幌を叩く音がする以外は静かなものだ。

「オークは鍛冶はするが大雑把でな。もしかすれば、オークの里を細々と巡って行けばいつかは全て売れるかもしれないぞ」

 ギャトレイが隣で言った。

「悪いがそんな暇は無いんだ」

 ウォルターは天井の幌を見上げながら応じる。

 話してしまおう。俺はギャトレイを信用している。

「里を追われた仲間達が森で開墾をしているはずだ。俺はそれに合わせて作物の種を手に入れて来なければならない」

「そうか。期限は春までだな。あと、二、三か月と言ったところか」

「そうなる」

「分かった、狼牙、全力を尽くそう」

「ありがとよ」

 神よ、今まで信じたことの無い神よ、俺とこの男との巡り合わせに感謝を。

 さて、寝ようか。そう思った時だった。

 凶暴な唸り声が轟いた。

「何だ!?」

 ギャトレイが言い、ウォルターは立ち上がった。

 この声は野獣では無い。オーガー族のものだ。もっとも気性が激しい一族だ。

 オークは強いが少数、オーガーはどのぐらいいるのだろうか。

「オーガーが攻めてきたようだ」

 ウォルターはそう言うと斧を手に、雨の降る外へと跳び下りた。

「狼牙? どうする気だ?」

「ギャトレイ、お前はここで荷物の番をしててくれ。危なくなったら馬車を動かしてどこまでも逃げろ。必ず追いつく」

「お前は!?」

 そう問われ、ウォルターはオークの一人が大鍋を買ってくれたことを思い出していた。それだけのためにオークのために血を流す決意が漲る。

「オークを助ける! じゃあな、頼んだぜ!」

 ウォルターは駆けた。

 泥を跳ね上げ、急いだ。

 野太い喧騒は近かった。

 ギャトレイが御者席に乗るのを確認し、ウォルターは急ぐ。

「女、子供を逃がせ!」

 オークの男達が声を上げて、振るわれる凶刃を受け止める。

 だが、ウォルターも雨の中、倒れたかがり火を頼りにオーガー達の規模を把握した。少なくとも五十人はいるだろう。経験と勘がそう告げる。

 オーク達が防衛線を作るが、半包囲されていた。

「大地よ、隆起せよ! 竜の牙の如く!」

 ウォルターは手を向けて声を上げた。

 するとオークの前で土が針のようになり突き立った。

 それに射抜かれ、オーガー達が苦痛の声を上げる。

「加勢する!」

 ウォルターはオークに合流すると斧を振るってオーガーと打ち合った。

「人間だけに任せるな! 我らも続け!」

 オーク達が声を上げて押し返す。

 一振り、オーガーの太い腕に食い込むがそれだけだった。

 相変わらず固い皮膚だ。トロール並みだな。

 オーク達も練達した武芸を見せるが、多勢に無勢、狂人オーガーの前には苦戦していた。

 と、防衛の一角が崩れた。

 オーガー達が駆け出す。

 目標は、ウォルターの馬車のようだ。

「ギャアアアトレエエイ! 行けえっ!」

 ウォルターは声を上げた。

 ゴブリンは夜目が利く、ウォルターの声が雨に消されても状況を判断してすぐに動けるはずだ。

 馬車が走った。泥水を弾き、反対側へと走って行く。

 五人程のオーガーがその後を追う。力強い足取りだ。馬車が追いつかれないことを願うばかりだ。

 競り合うオーガーに致命傷を与えられず、疲労が増してきている。

 魔術を使うにはオーク達の安全が確認できないため難しいだろう。

 夜目さえ利けば。

 弱弱しいかがり火だけが敵の様子を映し出す唯一の灯りだった。

 ウォルターはオークを斬り付けないように慎重になりながら戦ったため、気後れした戦い方になっていた。

「最後の一人になろうとも、オークは逃げん!」

「それは女も子供も老人もです!」

 オークの女や子供、老人達は逃げずに加勢に出たようだ。

 だが、それでもオーク族の旗色は悪かった。

 オーガーどもの咆哮が轟き、オークの断末魔が次々聴こえ始めた。

 ここいらが、潮時かもしれん。だが。

 俺は俺の商品を買ってくれた奴らのために戦う。

 雨が豪雨になり始め、何も聞こえなくなった。

 ただオーガーがたてがみを振り乱し、一心不乱に狂ったように武器を振るっている陰しか見えなかった。

 魔術が使えないと俺はここまでの戦い方しかできないのか。

 誰にも聴こえない咆哮を上げて気合い一刀、オーガの頭を斧は割った。

 だが、新手が次々出てくる。

 右からも左からも。

 どうなっている?

 ウォルターはようやく自分の位置を確かめることができた。

 雨を受けても運良く消えないかがり火を拾って周囲に投げつける。

 そして舌打ちした。

 戦場の勇、オーク達は戦死し、ウォルターだけが戦っている状況だった。

 こうなれば逃げるしかない。

「盾よ、鎧よ! 全てを塞ぐ砦となれ!」

 魔術を使い、全身を覆う。

 幾つもの凶刃が盾魔法の壁を打ち付けてくる。

 ウォルターは頭上に手をかざして声を上げた。

「雨よ、すべてを貫く槍となれ!」

 途端に豪雨をかき消し、雨でできた大きな槍が幾百も降り注いだ。

 オーガー達はその槍に貫かれ、絶命し、あるいは深手を負っていた。

「雨よ! 雨よ! 雨よ!」

 ウォルターは夢中で口走った。

 雨の槍が次々降り注ぎ敵を貫き、雫へと変わる。暗いため血は見えない。

 ウォルターは囲みが薄くなったのを見ると、盾魔法を解除し、馬車が走った方面へと駆けたのだった。

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