魔戦士ウォルター11
ウォルターはリザードマンの集落に居た。
剣を交えているのは人間だ。
ギルドでリザードマン攻めの依頼を見かけ、ウォルターは危機感を募らせ走った。
大枚を叩いて買ったバイザー付きの兜をかぶり、クロウラムと名乗り、女子供を逃がしているリザードマン達に雇われた。
と、言ってもリザードマン達も己の力だけで何とかしようと躍起になっていた。
集落で戦える人数は三十。人間の傭兵団は二百もいた。
狙いはリザードマンの集落の接収と、その丈夫な皮だ。
リザードマン達はウォルターを受け入れなかった。
オークのように誇り高い人種だ。
しかし、ウォルターは食い下がった。
結果、リザードマンの集落随一の戦士と手合わせすることになった。
勝敗は互角だった。
「うおおおっ!」
茶色の身体に身軽な布を着ただけのリザードマン達がウォルターの周囲で斧を振るう。
「クロウラム!」
ウォルターは同じく得物の斧で応戦していた。命懸けだった。
そこへ一人のリザードマンが前に出て立ち塞がった。
幾つもの石弓の矢が放たれリザードマンの背に突き立った。
「アックス!」
ウォルターはリザードマンの名を叫んだ。
鳥の羽飾りをかぶっているリザードマンの長だ。アックスという名で、ウォルターと引き分けた相手だ。ウォルターが斧を使うことを殊の外歓迎していた。そう、リザードマンが武器として手に取るのは斧だった。それもありウォルターは彼らの戦列に加わることを許された。
幾ら数が少なくともリザードマン相手には死者を出す一方だと察知した敵勢は遠巻きに、威力のある石弓で対抗してきた。
リザードマンの腹は背中の皮ほど強固では無い。一人、また一人と苦悶の声を上げる。
「俺の後ろに!」
ウォルターは矢面に駆け、立ち塞がる。
矢が一本、ウォルターの左脚を貫いた。
「ちっ、守れ壁よ!」
盾魔術の更に上をゆく壁魔術だった。
淡い赤色の光りの壁が前方に広く展開し、リザードマン達を守った。
「これは、魔法?」
アックスが呆然としながら言った。
「ああ、その通りだ。そして、良いか、お前達、一歩も動くなよ!」
ウォルターは差し出していた右腕と同じように左腕を上げた。
「エクスプロージョン!」
爆発が起き、前方の敵どもを吹き飛ばす。黒焦げの木っ端のように降り注いだが、敵は一瞬の後に攻撃を再開した。
やれたのは三十前後だ。
壁の魔術も消耗が大きい、だが、この状況を打破できるのは自分の魔術に掛かっている。
「エクスプロージョン! エクスプロージョン!」
ウォルターは次々叫び、敵の隊列に魔術を撃ち込んだ。
「エクス……」
視界が揺らいだ。
「くそっ、まだだ。まだまだ」
薬瓶を取り出そうと手を動かすがそこに肩を貸す者がいた。
「クロウラム、これは元々我らの生存競争だ。お前は雇った金以上の働きを見せた」
アックスがそう言った。
「長!」
リザードマンの民兵が駆けつける。
「全軍突貫! クロウラムが切り開いた道を貫き進め! さぁ、いざ!」
アックスの叫びと共にウォルターは投げ出された。それを別のリザードマンが受け止め、後方へ引きずって行く。
ウォルターが見たのは、アックスを先頭にリザードマンの戦士達が、未だに大勢が健在の欲深き人間の塊に突進して行く様だった。
二
「ああ、ここは?」
「動いてはいけません、ようやく血が止まったのですから」
そう声を掛けられ、見るとリザードマンがそこにいた。
服装から見るに女性だろう。鮮明になってゆくと周囲には女と子供、杖をついた老人のリザードマンしかいなかった。
「トロールの里は我々を受け入れてはくれませんでした」
リザードマンの女性は言った。
「コボルトの里も駄目でした」
息を切らしながら男のリザードマンが言った。
「アックスは?」
ウォルターが尋ねると、リザードマンの老人がかぶりを振った。
「戻って来ない」
「……ハーピィ族の里に行こう」
ウォルターは愛を交わしたハーピィのイーシャならリザードマン達を受け入れてくれると信じた。
だが、ここからは距離がある。
それでもやらねばならない。
何故だろうか。
傭兵としての責務は十分果たした。
俺は何故、こいつらを背負って行こうとしているのだろうか。
彼らが弱いからだ。襲い来る脅威の前には無力だからだ。
「クロウラム殿、あなたは十分役目を果たされました。馬を捕まえて来ましたのでこれなら脚のケガも負担にならずに何処へでも行けるでしょう」
リザードマンの老人が言う。
そうだ。俺の役目はここまでだ。
だが、何だ、この諦めきれない感情は。俺は、俺は、いつからお人好しの正義の味方を気取るようになった。
「ハーピィ族の里へ行く!」
馬に跨りウォルターが言った時だった。
「敵だ!」
リザードマン達が老若男女、それぞれ斧を手に前方を見ている。
「いや、あれは!」
別のリザードマンが言った。
「皆、無事か?」
「長!」
何と、ウォルターは驚いた。リザードマンの長アックスと三十程の兵達が帰還してきたのだ。
服はボロボロだったが、目立った怪我はない。
リザードマン達がアックスの名を讃える。感涙する者もたくさんいた。
アックスは騎乗したウォルターのもとへ歩んで来た。
「夢じゃないだろうな」
ウォルターは言葉通り瞠目していた。
「お前が道を切り開いてくれた。クロウラム」
アックスは突き出た顎先を綻ばせた。
「偽の名だ。俺の本当の名はウォルターだ」
ウォルターは兜のバイザーを上げた。
「ウォルター」
アックスは頷いた。
「これからどうするんだ?」
ウォルターが問うとアックスは喉を唸らせた。
「長、トロールとコボルト、それにゴブリン達からは受け入れを拒絶されました」
リザードマンの男が言った。
「我らの武を警戒してのことだろう。しかし、この地に止まれば、また近隣の人間どもの標的になる」
「アックス、ハーピィ族を頼ってみないか?」
「ハーピィ族?」
ウォルターが言うとアックスは首を傾げた。
「ああ。族長のイーシャとは知り合いだ。俺が案内する」
すると、ウォルターの右足にアックスがポンと片手を置いた。
見上げる瞳には強い光りが宿っていた。
「お前はお前の道を行け。気高き人間、ウォルターよ。ハーピィ族との交渉は我々がする」
その瞳から先に目を反らしたのはウォルターだった。
「分かった。だったら」
ウォルターは空の薬瓶を差し出した。
「これを見せろ。ハーピィ族なら俺からの頼みだと分かるだろう」
「ありがたい」
そしてアックスは控える一同を見渡し声を上げた。
「次の我らの行く道はハーピィ族の里となった。彼の種族と共に安住の地を築き上げる事こそ、我らの使命、願いだ! 道は遠いが皆で行こう!」
「おう! アックス万歳!」
リザードマン達は声を揃えて承服した。
「そういうわけだ。ウォルター、我らは行く。縁があればまた会おう」
アックスはそう言うと自ずから頷いて先に歩き始めた。
その後ろにリザードマンの民達が付き従う。
ウォルターはその背を見送った。
アックスの言葉が甦る。
「気高き人間ウォルター」
イーシャの言葉が同じく脳裏を過ぎる。
「気高きアッシュ」
気高き、俺は気高いのか。
ウォルターには漠然とだが、己の歩む道が分かったような気がしたのだった。
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