魔戦士ウォルター10
金は幾らあっても困らない。むしろ人生を豊かにする。
コボルトの里とトロールの里との攻防戦で勝利したウォルターは略奪には加わらず、さっさと報酬を貰って立ち去るつもりでいた。
幾つものトロール達を斬り、燃やし、討った。
かつてトロールのアークレイという人物に騙されたからトロール討伐に加わったわけではない。
小器用で、愛らしい姿をしているコボルトは他の種族とも誼を通じていた。
結果、自らが改良した石弓を持って戦う傍ら、ゴブリン、オーク、ドワーフが駆け付け、彼らを傭兵として雇い、非力な自分達を蹂躙しようとするトロールの一つの里を滅ぼした。
「奪え! さらえ!」
コボルトの大将がそう叫ぶ。
ウォルターはこの犬の様な姿にも潜む凶悪性を感じ、味方について良かったのか逡巡していた。
トロールは大きい。奴隷としては力仕事に重宝した。男でも女でも子供でも。
あちこちで首に縄をかけられ、抵抗するトロールの民を何人がかりで引っ張り、鞭で叩いて痛めつけ、無理やり服従させようとする。
俺には関係の無いことだ。妙な情にとらわれる前にここを出て行こう。
金だ金。勝利の報酬を手にして去ろう。
そうだ、俺が好きなのは金だ。
だが、ウォルターの耳には届いてしまった。
「母上! 母上!」
思わず振り返ればいずれも大人数で引っ張られるトロールの母子がいた。
といっても、トロールの顔など皆同じに見える。だが、子供の方は明らかに小さかった。
どうする気だ、ウォルター? そいつらの父親を討ったのは自分かもしれないのだぞ。
「うるせえぞ! 大人しく引っ張られて行きな!」
「止めて、その子を鞭でぶたないで!」
気付けば足が動いていた。
ああ、俺は金にこそ欲望を見出すことにしていたのに、どうしてそれをふいにしちまうことをするんだろうか。
「許してやったらどうだ?」
ウォルターは多種族の傭兵、戦士達に向かって言った。
「許す? こいつらを売り捌いて金にする。人間、お前も傭兵ならそうするのが普通だろう?」
答えたのはゴブリンだった。革鎧に身を包み腰には長剣を佩いている。
「まぁ、そうなんだがな。だったら、力づくでも奪わせてもらおうか」
ウォルターが言うと、戦士達の目の色が変わった。
「なるほど、俺達の略奪品をお前が略奪しようって魂胆か」
縄を引っ張りながらコボルトの戦士が言った。
「訳なんてどうでも良い。俺が気に食わないだけだ」
「狼牙、そんなことをすると傭兵としての信用を失うぞ」
ドワーフが言った。
「だろうな」
大勢と睨み合った。
「敵対するようだな、人間」
ゴブリンが言った。
「そうだ」
すると、トロールを引く縄から手を放し、傭兵達が一斉にかかって来た。
「エクスプロージョン!」
ウォルターが手を向け声を上げると、爆発が起き、傭兵達は木っ端微塵になり肉片となって焼け焦げていた。
「上手く逃げな。さっさと走らないと捕まるぞ」
だが、トロールの母子はウォルターを一睨みすると、戦士達の武器を拾い上げ、ウォルターに向かってきた。
「あなたは私達を助けてくれた。けど、戦士として戦場に出向いた夫を殺した奴らの仲間! 今更、恩を売ろうなんてトロールを舐めるな!」
トロールの母が長槍を繰り出す。
避けながら、二人の憎悪の視線を受けて、ウォルターは舌打ちした。
この母親の言う通りだ。俺は敵の一味で、昨日今日と多くのトロール戦士達を殺戮した。
こうなるのはあるいは必然だ。
お人好しが、素直に金に執着していれば良かったものを!
ウォルターは空気を唸らせる刃をかわした。
「父上の仇!」
ボロボロになり血まみれになった平服を着たロールの息子が剣を投げてきた。
その膂力は侮れない。受ければ俺の鎧ごと背に抜けるだろう。
こうなったら逃げるしかない。今の俺は仇で裏切り者だ。
その時、大勢のコボルトに雇われた戦士達が駆け付けてきた。
「いたぞ、トロールだ!」
「早く逃げろ!」
ウォルターは言った。
するとトロールの母が声を上げた。
「見るがいいでしょう。この有様を! お前達の仲間を殺して黒焦げにしたのは他ならぬその人間よ!」
トロールの母がウォルターを指した。
「何だって!? 本当にお前がやったのか?」
違う、このトロールは嘘を言っている!
と、でも言えば良かったのかもしれない。
「ああ、俺がやった」
ウォルターが言うと、戦士達は顔を見合わせ、頷いた。
「裏切者を殺せ!」
敵となった者達が殺到する。
魔術が間に合わない。
ウォルターは腰から長柄の斧を抜いて下段に振るった。
その一撃が一人の軽装のゴブリンの装備を破った。
破るだけにとどまった。
コボルトの石弓が襲う。
ウォルターは飛び退いて避けた。
これは不利だ。
と、振り返ったところにトロールの母子の姿は無かった。
まんまとダシにされた。
ウォルターは斧を薙ぎ続け、距離を取ると一気に魔術を放った。
「エクスプロージョン!」
限界まで振り絞った爆発は大きなものとなり目撃者全員を闇に屠った。
つまりは、ウォルターが裏切り者だと知るのは誰もいなくなったのである。
とりあえず、余計な追及を逃れるためにウォルターはトロールの里の裏側を、時に略奪者達の目を避けながら脱出した。
と、そこであのトロールの母子がまた捕まっていた。
憐れみを感じる。だが、トロール達は俺の助けを好まないだろう。
もう、心変わりはしない。
ウォルターは傭兵として戦場をあとにし、報酬を貰うと、再び旅立って行ったのであった。
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